デカメロン

デカメロン：ペストと物語の10日間

ジョヴァンニ・ボッカチオによる『デカメロン』（Decameron）は、1348年から1353年にかけて執筆された、100の物語を収録した傑作物語集です。ペストの流行を逃れるため、フィレンツェ郊外に避難した3人の男性と7人の女性、計10人の男女が、退屈しのぎに語り合った物語をまとめたものです。作品名はギリシャ語で「10日間」を意味し、『十日物語』とも訳されています。副題は「ガレオット公爵」で、アーサー王物語に登場する、ランスロットの恋を仲介した人物の名前に由来します。

物語の構成

10人の登場人物は、10日間、毎日1人ずつ王または女王に任命され、その日の物語のテーマを選びます。10番目に物語を語るディオネオだけは、自由にテーマを選べる特権が与えられています。多くの評論家は、このディオネオがボッカチオ自身の投影ではないかと推測しています。各日の物語は、登場人物たちの日常の活動描写を挟みながら展開され、イタリア民謡も随所に挿入されています。テーマは日によって異なり、例えば「多くの苦難をへて成功や幸福を得た人の話」「不幸な恋人たちの話」「夫を騙した妻の話」など、多様な物語が紡がれています。

文体と影響

『デカメロン』はフィレンツェの方言で書かれ、初期のイタリア散文の代表作として高く評価されています。エーリヒ・アウエルバッハは、その文体がイタリア散文芸術の始まりであり、古典古代以来初めて、現代の出来事を描いた物語が教養階級に受け入れられたと指摘しています。『千一夜物語』や『七賢者の書』からの影響も指摘されており、『カンタベリー物語』やマルグリット・ド・ナヴァルの『エプタメロン』（七日物語）など、後の多くの作品に多大な影響を与えました。

後世への影響

『デカメロン』は、絵画、演劇、音楽、映画など、様々な芸術分野に影響を与えました。

絵画: ピエトロ・ロレンツェッティやサンドロ・ボッティチェリといった巨匠が、『デカメロン』の物語を題材にした作品を残しています。
演劇: ウィリアム・シェイクスピアの『終わりよければ全てよし』や『シンベリン』は、『デカメロン』から着想を得ているとされています。また、ゴットホルト・レッシングの『賢者ナータン』も、その核となる要素に『デカメロン』の影響が見られます。
音楽: チャイルド・バラッドの一部にも、『デカメロン』の影響が確認できます。
映画・テレビ: パゾリーニ監督による映画『デカメロン』をはじめ、数多くの映画やテレビドラマが『デカメロン』を題材に制作されています。

さらに、マルグリット・ド・ナヴァルの『エプタメロン』など、多くの作品が『デカメロン』を参考に創作されました。近年の新型コロナウイルス感染症の流行時にも、『デカメロン』を現代的に解釈した作品が発表されています。これは、ペスト流行下で生まれた『デカメロン』が、現代社会においても共感を呼び起こす物語であることを示しています。

ボッカチオと『デカメロン』

『デカメロン』は、同時代の、特に商人階級の人々に人気があり、多くの写本が残されています。中には、ボッカチオ自身による注釈や、ボッカチオ自身の手による絵画が含まれているものもあるとされ、後の挿絵にも影響を与えたと考えられています。

『デカメロン』は、ペストという暗い時代背景の中で生まれた物語集ですが、ユーモアと機知に富んだ物語は、現代においても読者に深い感動と共感を与え続ける、不朽の名作です。その物語の数々は、人間の愛憎、知恵、そして人生の機微を描き出し、文学史に燦然と輝く一石を投じています。

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