ドナルド・ケーガン

ドナルド・ケーガン（Donald Kagan, 1932年5月1日 - 2021年8月6日）は、アメリカ合衆国の高名な歴史学者です。古代ギリシア史を専門とし、特にペロポネソス戦争に関する研究で知られています。このテーマに関する4部作の記念碑的な著作は、歴史学界で高く評価されており、文芸評論家のジョージ・ステイナーからは「北米における歴史叙述の最高傑作と評するに値する作品」と称賛されました。ケーガンは、現代における古代ギリシア史研究の第一人者の一人と広く見なされています。

ケーガンはリトアニアにユダヤ系の家庭に生まれ、幼少期に家族と共にアメリカ合衆国に移住しました。ニューヨーク州ブルックリンのブラウンズビルで成長し、ブルックリンカレッジを卒業後、ブラウン大学で修士号、1958年にはオハイオ州立大学で博士号を取得しました。教育者としては、まずコーネル大学の歴史学部で教鞭を執り、その後イェール大学に移りました。イェール大学では古典学および歴史学のスターリング教授という要職にあり、1989年から1992年にかけては同学の学部長も務めています。

彼の政治的・思想的な立場は、経歴の中で変化が見られます。初期には自由民主主義的なスタンスであったものの、1970年代までにはその考えを変化させました。彼の保守化の契機の一つとして、1960年代後半にコーネル大学で発生した学生運動への対応が挙げられます。当時の経験について、彼は「デモを主導した者たちの振る舞いを見て大きな衝撃を受け、より保守的になっていった」と記しており、このエピソードは彼の思想形成における重要な転換点となりました。後に新保守主義（ネオコンサバティズム）の論客として知られるようになり、1997年には保守系シンクタンクであるアメリカ新世紀プロジェクトの設立声明に署名しています。また、軍事史家である息子のフレデリック・ケーガンと共に、国防費の増強を訴える共著『白いアメリカの惰眠』を2000年に刊行するなど、アメリカの国防政策に関しても積極的に発言しました。

その学術的な功績は広く認められ、2002年には全米人文科学基金(NEH)から国家人文学メダルを受章しました。さらに2005年には、NEHが主催するアメリカでも権威ある講演の一つとされるジェファーソンレクチャーの講師を務めています。ジェファーソンレクチャーでは「国防の歴史」と題し、人文学の中でもとりわけ歴史学が重要であると論じ、その価値を訴えました。

ケーガンは、イェール大学で長年にわたり多くの学生を育て、歴史学研究に多大な貢献をしました。2021年8月6日、ワシントンD.C.で89歳にて逝去しました。

主な著書

The Great Dialogue: A History of Greek Political Thought from Homer to Polybius (1965)
The Outbreak of the Peloponnesian War (1969) - ペロポネソス戦争四部作 第1巻
The Archidamian War (1974) - ペロポネソス戦争四部作 第2巻
The Peace of Nicias and the Sicilian Expedition (1981) - ペロポネソス戦争四部作 第3巻
The Fall of the Athenian Empire (1987) - ペロポネソス戦争四部作 第4巻
Pericles of Athens and the Birth of Democracy (1991)
On the Origins of War and the Preservation of Peace (1995)
While America Sleeps (フレデリック・ケーガンと共著, 2000)
The Peloponnesian War (上記四部作の単巻版, 2003)
Thucydides: The Reinvention of History (2009)

これらの著作を通じて、ケーガンは古代ギリシア史、特に戦争と政治思想の理解に深い影響を与えました。

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