ドラコ (ロケットエンジン)

ドラコ (Draco)

ドラコは、アメリカの宇宙開発企業であるスペースX社によって設計・製造された、比較的小型のロケットエンジンです。このエンジンは、「ドレイコー」とも呼ばれることがあります。スペースXが開発・運用する主要な宇宙機であるドラゴン宇宙船や、初期に打ち上げられたファルコン9ロケットの上段部分に搭載され、これらの宇宙機が軌道上で必要とする姿勢の微調整や、精密な軌道マヌーバ（軌道変更や維持）を実行するための推進力として機能します。

技術的特徴

ドラコエンジンは、二液式の化学推進系エンジンに分類されます。使用される推進剤は、燃料としてのモノメチルヒドラジン（MMH）と、酸化剤としての四酸化二窒素（NTO）の組み合わせです。これらの推進剤は、互いに接触すると自然に燃焼を開始する「自己着火性（ハイパーゴリック）」を持つため、複雑な点火装置を必要としないという特徴があります。この自己着火性の特性は、宇宙空間での信頼性の高い再着火を可能にし、ミッション中の柔軟な運用に寄与します。

この推進剤の組み合わせにより、ドラコエンジンは定格で約400ニュートン（N）の推力を発生させます。これは重量換算で約90ポンドに相当します。大型の主エンジンと比較すると小さな推力ですが、宇宙空間における繊細な姿勢制御や軌道の微調整には十分な性能を発揮します。

搭載と用途

ドラコエンジンは、その開発目的の中心であったドラゴン宇宙船に不可欠な要素として搭載されています。有人・無人に関わらず、全てのドラゴン宇宙船には合計18基のドラコエンジンが装備されています。これらのスラスタは、宇宙船の軌道上での向きを正確に制御する姿勢制御システムの中核をなし、また、国際宇宙ステーション（ISS）とのランデブーやドッキングに向けた軌道修正、さらに軌道離脱マヌーバなど、多岐にわたる機動操作を可能にしています。

また、ドラコエンジンは、ファルコン9ロケットの初期バージョンであるv1.0の第2段にも使用されていました。この構成では、4基のドラコスラスタが第2段の姿勢制御スラスタとして機能し、ペイロードの展開など、切り離し後の第2段の向きを制御する役割を担っていました。しかし、その後の改良型であるv1.1以降のファルコン9では、姿勢制御システムの設計が見直され、ドラコエンジンは第2段から姿を消し、現在では主にドラゴン宇宙船の推進システムとしての位置づけが強まっています。

開発と試験の歴史

ドラコエンジンの開発は、ドラゴン宇宙船プロジェクトの進展と並行して進められました。エンジンの実証に向けた重要な試験は、スペースXのロケット開発拠点であるテキサス州マクレガーの試験施設で行われました。

2008年には、ドラコエンジンの最初の長時間燃焼試験が成功裏に実施されました。この試験では、エンジンが連続して10分間運転された後、一度停止し、再び点火されてさらに1分間燃焼するというシーケンスが確認されました。これは、宇宙ミッションで求められる長時間の運転能力と再着火能力を示す重要な成果でした。

翌2009年には、さらに包括的な試験プログラムが実行されました。この期間中に合計42回の試験セッションが実施され、エンジンは累計で4600回以上点火されました。特に、宇宙空間に近い真空環境を再現した真空チャンバー内での試験では、エンジンは合計50分を超える運転時間を記録し、その性能と信頼性が多角的に評価されました。

これらの試験結果を踏まえ、2010年6月4日には、ドラコエンジンがファルコン9ロケットの運用に使用されることが公式に発表されました。そして、同年10月には、最初のドラゴン宇宙船の軌道投入ミッションにおいて、ドラコエンジンが初めて宇宙空間で実運用され、その実証が完了しました。以来、ドラコエンジンはドラゴン宇宙船によるISSへの貨物輸送や、NASAの商業乗員輸送プログラムにおける有人飛行ミッションなどを支える基盤技術として貢献しています。

スペースXは、ドラコエンジンの改良型として、より大きな推力を発生する「スーパー・ドラコ」エンジンも開発しています。スーパー・ドラコは、主にドラゴン宇宙船のカプセルに搭載され、緊急脱出システムなどの用途に使用されています。ドラコとスーパー・ドラコは、それぞれ異なる役割と性能を持ちながら、スペースXの宇宙ミッションを支えています。

もう一度検索