ドリナの橋

『ドリナの橋』は、ユーゴスラビアのノーベル賞作家イヴォ・アンドリッチが、自らの幼少期を過ごしたドリナ川に面するヴィシェグラードを舞台に描いた歴史小説です。この作品は、第二次世界大戦中にベオグラードで執筆され、1945年に出版されました。1961年にはノーベル文学賞を受賞し、アンドリッチの代表作として世界的に知られています。

物語は、オスマン帝国の名宰相ソコルル・メフメト・パシャが、自身の故郷近くを流れるドリナ川に壮大な石橋を建設するよう、建築家ミマール・スィナンに命じる場面から始まります。ソコルル・メフメト・パシャには、忘れられない過去がありました。彼は少年時代、キリスト教徒の親元から引き離され、デヴシルメ制によってトルコ人として育てられたのです。小舟に乗せられドリナ川を渡り、遠い都へ旅立った日の暗く苦しい記憶は、彼の心に深く刻まれていました。成長した彼は、宰相の地位にまで上り詰め、3代のスルタンに仕えることになります。

1577年、10年の歳月をかけてソコルル・メフメト・パシャ橋が完成します。しかし、その2年後、オスマン・サファヴィー戦争中、ソコルル・メフメト・パシャは、ダルヴィーシュ（イスラム神秘主義の修行僧）に扮したサファヴィー朝ペルシアの間者の手によって暗殺されてしまいます。それでも、完成した白く美しい石橋は、その後も長く残り、人々の生活や時代の流れを見守り続けます。

橋は、大洪水の被害をもたらすこともありました。また、悲恋に苦しみ、橋から身を投げる娘もいました。しかし、交通の要所となった橋の両岸には、町が発展していき、人々の生活の中心となっていきます。やがて、オスマン帝国が衰退すると、橋は国境線の一部となります。そして、第一次世界大戦が勃発すると、オーストリア軍が橋を渡って侵攻してきます。しかし、戦況が不利になると、1914年にオーストリア軍は橋を爆破して退却します。橋は破壊されますが、その存在は人々の心に深く刻まれ、歴史の証人として語り継がれていくのです。

この物語を通じて、アンドリッチは、橋という存在が単なる構造物ではなく、人々の生活、歴史、文化、そして時間の流れそのものを象徴するものであることを描き出しています。ソコルル・メフメト・パシャの個人的な物語から、オスマン帝国の隆盛と衰退、そして第一次世界大戦という歴史的な出来事まで、広範な時代と社会を描写することで、読者は時を超えた普遍的なテーマに触れることができるのです。また、橋を舞台にした様々な人々のドラマを通して、人間の感情や運命の複雑さをも浮き彫りにしています。

『ドリナの橋』は、単なる歴史小説としてではなく、人間の本質や社会のあり方を深く問いかける文学作品として、多くの読者に愛され続けています。この作品を読むことで、読者は歴史の流れと人間の営み、そして時代を超えて受け継がれる文化の重みを再認識することができるでしょう。

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