ドリーミング (ケイト・ブッシュのアルバム)

ドリーミング

ケイト・ブッシュのキャリアにおいて、音楽的な探求と革新が顕著に表れた作品として位置づけられる4作目のスタジオ・アルバム『ドリーミング』は、1982年9月13日に発表されました。この作品は、それまでの彼女の作品とは一線を画す、実験的で強烈なサウンドを持っています。

概要

本作の最も大きな特徴は、ケイト・ブッシュ自身が初めて単独でアルバム全体のプロデュースを担当した点にあります。これにより、彼女の持つ独自の音楽観や世界観が、よりダイレクトかつ純粋な形でサウンドに反映されることとなりました。

制作においては、当時のレコーディング技術の最先端が積極的に導入されています。具体的には、36トラックのマルチトラックレコーダーを2台同期させることで、合計72トラックという膨大な数のトラックを用いた多重録音が行われました。この緻密な重ね合わせによって、音のレイヤーは複雑かつ密度の高いものとなり、リスナーを圧倒する音像が作り出されています。また、この時期に登場したばかりのデジタルサンプラー、フェアライトCMIが多用されたことも、サウンドの特徴を決定づける要素となりました。フェアライトCMIによるサンプリングは、従来の楽器では表現し得なかったような異質な音色や効果音を楽曲に取り込むことを可能にし、アルバム全体に不穏さや幻想的な雰囲気を加えています。ブッシュはこれらの先進的な技術を単なる道具としてではなく、自らの創造性を拡張し、内面世界を音で具現化するための重要な手段として巧みに操っています。その結果、『ドリーミング』は従来の作品に比べてサウンドの幅が大きく広がり、非常に重層的かつ実験的な作品となりました。

このような音楽的な挑戦にもかかわらず、本作は商業的にも成功を収めました。母国イギリスでは、アルバムチャートで最高位3位を記録し、その革新的なサウンドが多くのリスナーに受け入れられたことを証明しました。

アルバムのアートワークも、その音楽世界を視覚的に表現する重要な要素となっています。特に目を引くのがカバー写真で、ケイト・ブッシュ自身の舌の上に鍵が置かれているという印象的なビジュアルです。この写真は、アルバム収録曲の一つである「フーディニ」の歌詞に直接的にインスパイアされたものです。伝説的な脱出マジシャンであるハリー・フーディニを題材にしたこの楽曲のように、アルバム全体のアートワークは、収録された楽曲のテーマや世界観と密接に結びついています。

収録曲

『ドリーミング』には、以下の全10曲が収録されています。これらの楽曲は、アルバムの多様で実験的なサウンドスケープを構成する重要な要素となっています。

• - サット・イン・ユア・ラップ（"Sat in Your Lap"）
• - 10ポンド紙幣が1枚（"There Goes a Tenner"）
• - ピンを引き抜け（"Pull Out the Pin"）
• - ガッファにて（"Suspended in Gaffa"）
• - リーヴ・イット・オープン（"Leave It Open"）
• - ドリーミング（"The Dreaming"）
• - 夜舞うつばめ（"Night of the Swallow"）
• - オール・ザ・ラヴ（"All the Love"）
• - フーディニ（"Houdini"）
• - 狂気の家（"Get Out of My House"）

再リリース

発表から時を経ても『ドリーミング』の音楽的価値は高く評価され続けています。2018年には、ケイト・ブッシュ本人と長年のコラボレーターであるエンジニア、ジェームス・ガスリーの手によって、このアルバムを含む彼女の全音源が新たにリマスターされ、再リリースされました。このリマスター版によって、『ドリーミング』に込められた緻密なサウンドプロダクションや独特な音響空間が、現代のリスニング環境でより鮮明に体験できるようになっています。

『ドリーミング』は、ケイト・ブッシュというアーティストの飽くなき探求心と、既存の音楽の枠にとらわれない自由な発想が生み出した、まさに夢のような、そして時に悪夢のような、聴く者を強烈に引き込む傑作として、今なお多くのファンに愛されています。

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