ド・ジッター (クレーター)

ド・ジッター

月の北半球、表側領域に存在するド・ジッターは、比較的大きなクレーターです。このクレーターの名称は、20世紀初頭に活躍したオランダの著名な天文学者、ウィレム・ド・ジッター博士にちなんで命名されました。ド・ジッター博士は宇宙論に大きな貢献をし、1917年にはアルベルト・アインシュタインの重力場方程式の重要な解である「ド・ジッター宇宙モデル」を発表したことで知られています。

ド・ジッタークレーターは、月の北極域に近い高緯度に位置しているため、地球上からの観測では特有の見え方をします。地球から見た月の球体としての湾曲や視点の影響により、クレーター全体が南北方向に引き伸ばされたような楕円形に見えます。この見かけ上の歪みは、クレーターの正確な形状や内部の詳細な構造を把握することを難しくしています。また、高緯度にあるため、クレーターには太陽光が低い入射角で当たることが多く、地形の凹凸によって生じる影が長く伸びる傾向があります。

ド・ジッターの周辺には、南側にバイヨーやエウクテモンといったクレーターが存在します。しかし、ド・ジッターの構造で特に注目すべきはその周壁、すなわちクレーターの縁の形状です。

ド・ジッターは単一ではなく、複数のクレーターが複雑に結合した構造を呈しています。具体的には、その北東側の周壁にはド・ジッターLが、南側の周壁にはド・ジッターMと呼ばれるクレーターがそれぞれ重なるように位置し、三つのクレーターが連結したかのような独特の地形を形成しています。このような複数の大きな構造が結合している例は、月のクレーターの中でも比較的珍しい形態です。

この結合に伴い、ド・ジッターの元の周壁のうち、ド・ジッターLやド・ジッターMが重なっている箇所は、後続の衝突によって完全に破壊され、消失しています。これらの部分においては、ド・ジッター本来の縁はもはや存在せず、従属クレーターの周壁がその役割を果たしています。一方で、ド・ジッターの東南東に位置する周壁の部分は、比較的シャープな形状を保っています。この東南東の周壁の近傍には、ド・ジッターGという別の従属クレーターがあり、その内部にはさらに二つの微小なクレーターが含まれています。

ド・ジッタークレーターの内部、すなわち底面についても詳細な観察がなされています。底面の地形は非常に複雑で、全体的に起伏が多く、でこぼことした凹凸に富んでいます。この底面には、数多くの微小な衝突クレーターが不規則に点在しています。また、クレーターの中央付近には、特徴的な細長い形状をした中心丘が見られます。中心丘は、大規模な衝突が発生した際に、底面が弾性的な反発によって隆起して形成される地形であり、ド・ジッターの中央丘も巨大な衝突イベントの証左と言えます。

なお、ド・ジッタークレーターの近隣にある、まだ正式な名称が与えられていない小さなクレーターについては、研究や観測の便宜上、アルファベットの記号（例：ド・ジッターL、M、Gなど）を付加することによって個別に識別されています。これは、月の特定のクレーター周辺にある小規模地形の命名において一般的に用いられる慣例的な手法です。

ド・ジッターは、そのユニークな形状、高緯度ゆえの見え方、そしてウィレム・ド・ジッター博士との繋がりにおいて、月の地形の中でも興味深い研究対象の一つです。

もう一度検索