ドーニャ・タデア・アリアス・デ・エンリケスの肖像

フランシスコ・デ・ゴヤの名作『ドーニャ・タデア・アリアス・デ・エンリケスの肖像』

フランシスコ・デ・ゴヤによる『ドーニャ・タデア・アリアス・デ・エンリケスの肖像』（Retrato Doña de Tadea Arias de Enríquez）は、1787年から1789年の間に制作された肖像画です。この作品は、スペインのカストロモチョで生まれた女性、タデア・アリアス・デ・エンリケスを描いています。現在、この画作はマドリードのプラド美術館に収蔵されています。

タデア・アリアスの生涯

タデアは1770年にスペイン北部のバレンシア県で生まれます。彼女は生涯にわたって3度の結婚を経験し、最初の結婚は1789年にトマス・デ・レオンと行いました。レオンはオスーナ公爵が指揮していたアメリカ連隊の退役大尉であり、この肖像画の依頼は、オスーナ公爵と彼の親しい関係に基づいていると考えられます。1793年にトマスが亡くなると、タデアは同年に再婚し、アンダルシア州の政治家ペドロ・エンリケス・イ・ブラボと結婚しました。そしてペドロが1805年に亡くなるまで連れ添った後、タデアは3度目の夫となるフェルナンド・デ・ビリャヌエバ・イ・パルドスとも結婚し、1855年に85歳で亡くなります。

肖像画の詳細

この肖像画では、タデアは優雅な半透明の白いチュールドレスを着ており、両手には子羊皮の手袋を引っ張っている姿が描かれています。四分の三正面を向いて立つ彼女の姿は、邸宅の庭に感じさせる背景を持っています。白いチュールドレスの中には、レースのデザインが施され、下にピンクのスカートがちらりと見えるように描かれています。胴部には半透明の黒いチュールの帯があり、カメオのブローチで留められ、銀色の装飾が施された靴を履いています。また、当時のフランスの流行を取り入れた豊かな巻き毛が印象的です。

背景には新古典主義様式の巨大な白い大理石の鉢が描かれ、その奥には木々や植物が緑色に描かれています。画面の左下隅にはアリアス家とレオン家の紋章が施され、芸術的価値を高めています。ゴヤはこの肖像画を通じて、18世紀後半のロココ風のファッションを巧みに表現しており、特にドレスの質感の描写には細心の注意が払われています。

作品の評価と影響

この肖像画は、ゴヤがイギリスなどのヨーロッパ諸国から影響を受けた典型的な肖像画のスタイルを示しています。タデアのリラックスしたポーズや手袋を引っ張る仕草は、鑑賞者に親しみやすさを感じさせ、画面に生き生きとした雰囲気を与えています。これにより、見る者はまるで彼女の動作の最中に立ち会ったかのような感覚を得ることができます。これはゴヤが肖像画家としても高い評価を受けた理由の一端でもあります。

作品の制作年代についてはさまざまな意見がありますが、美術史家ナイジェル・グレンディニングは1790年から1791年と主張しており、現在ではタデアの結婚を記念して1789年に制作されたとする見解が広がっています。しかし、画面に見られる冷たい色調や無表情な顔立ちは、ゴヤのフォロワーであるアグスティン・エステーベの影響を受けている可能性もあると指摘されています。

来歴と保存

この肖像画は、1793年にタデアの2回目の結婚時にベレス・マラガで記録されています。彼女の死亡後、肖像画は財産目録にも記載されましたが、制作者名は記載されずわずか400レアルの価値が付けられました。その後、彼女の息子や孫に相続され、1896年にルイサ・エンリケスによってプラド美術館に遺贈されました。

この作品は、タデア・アリアス・デ・エンリケスの肖像だけでなく、ローココからロマン主義への過渡期の重要な作品としても評価されています。ゴヤの巧みな技術と独自の視点が光るこの作品は、彼の肖像画家としての卓越した能力を証明するものです。

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