ナノカー

ナノカー：分子の世界のレーシングカー

ナノカーとは、アメリカ・ライス大学のジェームス・ツアー教授の研究チームによって開発された、文字通り「ナノメートル」サイズの分子でできた車のことを指します。その大きさは、髪の毛の太さの約2万分の1という、想像を絶するほど微細なものです。

ナノカーの構造と特徴

ナノカーの基本的な構造は、シャーシ（車台）と車軸、そして車輪で構成されています。シャーシと車軸は、主にベンゼン環とアセチレン結合によって組み立てられ、薗頭反応という化学反応を利用して結合されます。車輪には、フラーレンC60やp-カルボランC2B10といった特殊な分子が用いられています。

特に注目すべき点は、車軸に含まれる炭素-炭素の単結合が回転可能であるという点です。この設計により、車輪が実際に回転し、ナノカーが金表面上を移動する様子が走査型トンネル顕微鏡（STM）によって観察されています。

また、シャーシ部分に人工分子モーターやアゾベンゼンの構造を組み込み、光や熱などの外部刺激によって動力を与える試みも行われています。これにより、より精密な制御が可能になり、ナノカーの応用範囲が広がることが期待されています。

ナノカーレース

2017年には、フランス国立科学研究センターで、ナノカーレースが開催されました。このレースでは、金基板表面の微細な凹凸をコースとして利用し、100ナノメートルという極小の距離を、38時間以内に走破するタイムを競いました。世界6カ国から6チームが参加し、日本からは物質・材料研究機構のチームが参戦しました。

ナノカー研究の意義

ナノカーの研究は、単に面白い分子を作るというだけではありません。この研究は、分子機械の開発における重要な一歩であり、将来的には、医療、エレクトロニクス、材料科学など、幅広い分野への応用が期待されています。

例えば、ナノカーに薬を搭載し、体内の特定の場所に運搬するといったドラッグデリバリーシステムや、ナノスケールの電子回路の構築など、その可能性は無限に広がっています。

ナノカーを合成したベルナルト・L・フェリンハは、ジャン＝ピエール・ソヴァージュ、フレイザー・ストッダートと共に、2016年ノーベル化学賞を受賞しています。これは、分子機械の研究が、科学の世界で非常に重要な位置を占めていることを示すものです。

参考文献

Shirai, Y.; Morin, J.-F.; Sasaki, T.; Guerrero, J. M.; Tour, J. M. Chem. Soc. Rev. 2006, 35, 1043-1055. DOI: 10.1039/b514700j
Shirai, Y.; Osgood, A. J.; Zhao, Y.; Kelly, K. F.; Tour, J. M. Nano Lett. 2005, 5, 2330-2334. DOI: 10.1021/nl051915k
Morin, J.-F.; Shirai, Y.; Tour, J. M. Org. Lett. 2006, 8, 1713-1716. DOI: 10.1021/ol060445d

関連項目

ナノプシャン：構造式が人に似ている分子。ツアー教授の研究グループが開発。
* ペンギノン：構造式がペンギンに似ている分子。

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