ナミチスイコウモリ

ナミチスイコウモリ（学名：Desmodus rotundus）は、オオコウモリ亜目に属するチスイコウモリ科に分類されるコウモリで、この種のみでナミチスイコウモリ属を形成します。一般には「吸血蝙蝠」という呼称でも広く知られています。

分布

主に南北アメリカ大陸に生息しており、北はメキシコから南はアルゼンチン北部、チリ北部にかけての広範囲に分布しています。具体的には、エクアドル、エルサルバドル、ガイアナ、コスタリカ、コロンビア、スリナム、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、ブラジル、フランス領ギアナ、ベネズエラ、ベリーズ、ペルー、ボリビアなど、非常に多くの国々で見られます。

形態的特徴

成体の体長はおよそ7〜9センチメートル、体重は15〜50グラム程度です。背面の毛は褐色、腹面は白い体毛に覆われています。

最も特徴的なのは、大きく反りあがった形状の鼻です。この鼻は、獲物が発する赤外線（熱）を感知するための器官と考えられています。この熱感知能力によって夜間でも獲物の位置を正確に特定し、さらに獲物に取り付いた後も、皮膚下の血管の位置を精密に探ることができます。

歯の構成は、上顎に門歯2本、犬歯2本、小臼歯2本、大臼歯2本、下顎に門歯4本、犬歯2本、小臼歯4本、大臼歯4本の合計22本です。特に上顎の門歯と犬歯は剃刀のように鋭利で、獲物の厚い皮膚を容易に切り裂くのに適しています。その切れ味の鋭さや、獲物が眠っている間に噛みつくことが多いことから、噛まれた獲物がすぐに痛みを感じることは少ないとされています。傷口ができると、犬のように舌を使って流れ出る血を舐めて摂取します。また、唾液には血液の凝固作用を妨げる特殊な物質が含まれており、これにより血液が固まることなく継続的に摂取することを可能にしています。

コウモリとしては珍しく、地上での歩行能力が非常に発達しています。長い親指と力強い後肢によって、地面を這うように効率的に移動でき、獲物に静かに接近する際や、血液を十分に摂取して体重が増加し、飛行が困難になった後などに、地面を歩いて移動する姿が観察されます。

生態

ナミチスイコウモリは森林地帯を主な生息場所としています。典型的な夜行性動物であり、日中は洞穴や樹洞などの暗い場所で、頭を下にしてぶら下がり休息します。社会性が非常に高く、通常は100匹程度の小規模な群れで行動しますが、時には1,000匹を超える大規模な集団を形成することもあります。

食性は動物食に特化しており、主に鳥類や哺乳類、特にウシ、ウマ、ブタといった家畜の血液を吸います。コウモリ目の中で、哺乳類の血液を主食とするのは本種だけという、非常に珍しい生態を持ちます。眠っている獲物の近くに着地した後、地上を歩いて静かに忍び寄り、体毛が少ない部分に鋭い歯で噛みつきます。できた傷口に舌を毎秒数回の速度で出し入れして血液を摂取します。約30分間の摂食で、自身の体重の最大40%にも及ぶ血液を摂取することが可能です。この大量の血液による重量増加や消化のために、摂食後は一時的に飛行が困難になり、地面を飛び跳ねるように移動することが多くなります。その後、大量の水分を摂取して余分な水分を排泄します。血液のみを摂取するため、糞は黒くて粘りがあり、独特の臭いを放ちます。

また、本種は優れた社会性を示す行動でも知られています。同じ休息場所を利用する仲間の中に、その晩血液を摂取できなかった個体がいる場合、摂食に成功した他の個体が口移しで血液を分け与える「利他行動」を行うことがあります。この行動は、過去にグルーミングなどで関係を築いた仲の良い個体間などでまれに観察されます。さらに、自分の子ではない他の個体の子供に乳を与える現象も確認されており、このような行動は本種の社会性の高さを示すものとして、研究者の注目を集めています。

野生での寿命は約9年と考えられています。繁殖は胎生で行われ、1度に1頭の幼獣を年に2回出産します。

人間との関係

ナミチスイコウモリは、古くから吸血鬼の伝説と結び付けられることが多く、英名も「vampire bat（ヴァンパイア・バット）」と呼ばれています。しかし、広く知られる吸血鬼の伝承は主に東ヨーロッパが起源であるのに対し、ナミチスイコウモリは南北アメリカ大陸に分布しており、地理的な関連性は薄いです。ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』にも、ドラキュラ伯爵がコウモリに変身する能力や、野生の吸血蝙蝠に関する記述はありますが、伯爵自身がコウモリの姿で人間を襲う直接的な描写はありません。小説中で触れられる吸血蝙蝠は、あくまで南米や大西洋諸島に生息する「吸血する大きなコウモリ」という生物学的説明に留まっています。

ナミチスイコウモリは人間から血液を吸う可能性もゼロではありませんが、外界から隔離された人家に侵入することは難しいため、人間を襲うことは非常にまれです。一度に吸う血液の量で獲物が死に至ることは通常ありませんが、家畜に対しては複数匹で同時に襲いかかることで衰弱させる被害をもたらすことがあります。さらに、咬み傷を通じて狂犬病などのウイルスや、その他の伝染病を媒介する可能性があるため、家畜産業などにおいては害獣として扱われることもあります。

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