ナルセス

ナルセス（478年 - 573年）は、東ローマ帝国の官僚であり、宦官でもありました。ユスティニアヌス1世に仕え、その軍事的才能を発揮して東ゴート王国を征服するなど、帝国の拡大に大きく貢献しました。

生涯

ナルセスはアルメニアで生まれ、宮廷官僚としてキャリアをスタートさせました。その誠実な人柄がユスティニアヌス1世に認められ、大財務官にまで昇進します。532年のニカの反乱では、皇帝の身を守るという功績を挙げました。

当時の東ローマ帝国は、ユスティニアヌス1世のもとでローマ帝国の再興を目指し、名将ベリサリウスがイタリア半島を支配する東ゴート王国への遠征を進めていました。しかし、サーサーン朝ペルシアがアンティオキアを占領したため、ベリサリウスは東方戦線の建て直しを命じられ、本国へ召還されます。ベリサリウス不在の間、東ローマ軍は東ゴート王トーティラの反撃により各地で敗北を喫し、ローマやナポリといった主要都市を奪還されてしまいます。

事態を重く見たユスティニアヌス1世は、ベリサリウスを再びイタリアへ派遣しますが、戦況は膠着状態に陥ります。そして、ついにユスティニアヌス1世はベリサリウスを解任し、ナルセスを東ゴート王国征服作戦の総司令官に任命します。

イタリア征服

552年4月、ナルセスは東ローマ軍を率いて北方からイタリアへ侵攻を開始しました。彼はまず、工兵隊を巧みに用いてラヴェンナを攻略し、補給路を確保すると、ローマに向けて進軍を開始しました。ローマを出発したゴート軍とナルセス率いる東ローマ帝国軍は、ブスタ・ガロールム高原で激突します（ブスタ・ガロールムの戦い）。

この戦いでナルセスは、中央に配置した歩兵に密集陣形を組ませてゴート軍の突撃を食い止め、両翼に配置した弓兵で敵を射撃するという戦術を採用しました。この戦術が功を奏し、東ゴート軍は壊滅的な打撃を受け、トーティラ王も討ち死にしました。

トーティラの死後、残存兵を率いたテーイアが新たな王となりますが、サレルヌム近郊のモン・ラクタリウスの戦いで戦死。その後もゴート軍は王を擁立しようと試みますが、実現には至らず、東ゴート王国は滅亡しました。ナルセスは軍務経験のない官僚出身でありながら、ベリサリウスの戦術を継承し、総司令官就任からわずか4年でユスティニアヌス1世の悲願であったイタリア半島征服を成し遂げたのです。

その後

ナルセスはその後、イタリア総督を務めますが、ユスティニアヌス1世の死後に解任され、ナポリ近郊で生涯を終えました。

565年に作成された碑文には、ナルセスが執政官にも任命されたと記されています。しかし、執政官は541年以降、皇帝のみが就任できる官職となっており、臣下が到達できる最高官位はパトリキウスでした。歴史学者の井上浩一は、ナルセスが執政官に就任したという記録は、彼の功績と人気によって生じた誤解であると指摘しています。

ナルセスは、政治家、官僚としてだけでなく、軍事的な才能も発揮し、東ローマ帝国の版図拡大に大きく貢献した人物として、歴史に名を残しています。

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