ナルメル

古代エジプト史の黎明期、紀元前31世紀頃に実在したと考えられている重要な統治者がナルメルです。彼は、しばしば先行する「さそり王」（セルケトとも呼ばれる）の後継者と位置づけられ、その後の古代エジプトの基礎を築いたとされる第1王朝の初代ファラオと見なされています。ナルメルが歴史上特に注目されるのは、長年分裂していた上エジプトと下エジプトを統合し、単一国家としてのエジプトの始まりを告げた人物である可能性が高いからです。

上下エジプト統一者説の根拠

ナルメルがエジプトの統一者であるという説が有力視される最も重要な根拠は、1898年に考古学者ジェームズ・エドワード・クイベルによって、古代都市ヒエラコンポリス（ナイル川上流の都市ネケン）で発見された『ナルメルのパレット』と呼ばれる石板です。

この有名なパレットには、当時のエジプトを構成していた二つの地域、すなわち南部の「上エジプト」と北部の「下エジプト」それぞれの象徴が精緻に描かれています。そして、その中心にはこれらの地域を治めるナルメル王の姿が刻まれており、特に、彼がそれぞれの王冠（上エジプトの白い王冠と下エジプトの赤い王冠）を戴く様子や、敵を打ち倒す姿が描かれていることから、このパレットはナルメルが両エジプトを武力あるいは政治的に統合した出来事を記念して作成されたのではないかと考えられています。このパレットに示される図像的な証拠は、ナルメルこそが古代エジプト最初の統一王であるという説を強力に支持しています。

メネスとの関係性を巡る議論

『ナルメルのパレット』の発見以前は、古代エジプトの初代ファラオであり、統一王であるとされてきたのは、紀元前3世紀頃の歴史家マネトの記した王名表に最初に登場するメネスでした。このため、ナルメルとメネスのどちらが真にエジプトを最初に統一したのか、あるいは初代ファラオはどちらなのかを巡って、エジプト学者の間で長年にわたる学術的な論争が繰り広げられてきました。

この論争において提唱されている主な説としては、まずナルメルとメネスが同一人物であるとする説があります。また、ナルメルによってエジプトが統一された後、メネスがその王位を継承したとする説、あるいはナルメルが統一事業に着手し、それをメネスが引き継いで完成させたとする説なども存在します。これらの説は現在も並行して論じられています。

論争において注目されるのは、ナルメルについては『ナルメルのパレット』をはじめとする具体的な考古学的物証が多数存在するのに対し、メネスの名前は現在のところ、主にマネトの記録や後世に伝わる伝承の中にしか明確に見られないという現状です。このため、現代のエジプト学においては、ナルメルこそが歴史的な統一者である可能性が高いと考える研究者が増えています。また、エジプトが統一された直後にナルメルが王位を継ぎ、おそらくそれ以前から存在していた統一国家のシンボルを彼は引き継いで採用したという見方も提示されています。

さらに、一部の学者は、ナルメルの名が旧約聖書に登場する人物であるクシュの子ニムロデと同義であると解釈する説も提示していますが、これは一般的な見解とは異なります。

その他の重要な発見

ナルメルの存在を示す物証は、エジプト国内に留まりません。1994年の夏には、イスラエル南部のナハル・ティッラで行われた発掘調査で、銘文が刻まれた陶器の破片が発見されました。この陶片には、『ナルメルのパレット』にも見られる王名を示す枠（セレク）の中に、ナルメルの名前が刻まれていました。

この破片は、大きな円形の台座の上から見つかり、その場所は当時の貯蔵施設の一部であったと考えられています。詳細な分析の結果、この陶片は約5000年前、紀元前3000年頃にナイル渓谷で作られた酒甕の一部であり、当時の活発な交易によってイスラエルまで運ばれたものであると結論付けられました。この発見は、ナルメル王の時代にはすでに古代エジプトと南レバント地域との間に交易ネットワークが存在していたことを示す重要な証拠となっています。

また、2014年にはヒエラコンポリスの遺跡で、ナルメルよりさらに古い時代の墓とミイラが発見されており、ナルメル以前にもこの地域に高度な文化が存在していたことが明らかになっています。

名前と意味

ナルメルの名前は、古代エジプトのヒエログリフ（象形文字）では、「ナマズ」（ナル）と「鑿」（メル）を組み合わせた図像で表現されます。この図像からの可能な読み方としては、「ナルメルウ」や「メルウナル」なども挙げられますが、現代のエジプト学では歴史的に慣習化された「ナルメル」という読み方が広く用いられています。彼の名前の語義については、「荒れ狂うナマズ」という意味を持つと考えられています。

家族構成と埋葬地

ナルメルの妻は、下エジプト出身の王女ネイトホテプであった可能性が高いと考えられています。彼女の名前が刻まれた碑文が、ナルメルの後継者であるホル・アハ、さらにはホル・アハの次の王であるジェルの墳墓から発見されているため、ネイトホテプはホル・アハの母、あるいは妻であったと推測されています。

ナルメル自身の埋葬地としては、ナイル川上流のアビュドス地方にあるウンム・エル＝カアブの王墓域で発見された、連結した二つの玄室（B17とB18）が有力視されています。この墓域は、第1王朝の初期の王たちの墓が集中している場所として知られています。

その他

『ナルメルのパレット』に描かれている神獣マフェデト（首が長く、四足で描かれる）が、一部で竜脚類恐竜に似ていると指摘され、古代における恐竜生存説の文脈で取り上げられることがありますが、これは学術的な主流の見解ではありません。

関連項目

- セルケト
- メネス
- ヒエラコンポリス
- 『ナルメルのパレット』
- 第1王朝
- イリホル
- ホル・アハ
- ネイトホテプ
- アビュドス

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