セルケト

セルケト（Serket）

古代エジプト神話において、セルケトは特に重要な位置を占める女神の一柱です。その名は「呼吸をさせる者」（セルケトヘティト）を意味すると解釈されており、生命の息吹を取り戻す力、あるいは毒によって奪われた息を回復させる力に関連付けられることがあります。

信仰と姿

主に上エジプト地方で信仰されましたが、中でもエドフの地域では篤く崇拝されていました。この女神は、しばしばサソリそのものの姿、あるいは人間の女性の姿で表されます。特に特徴的なのは、人間の姿で描かれる際に、その頭部の上にサソリを戴いている点です。

役割と重要性

北アフリカの多くの地域と同様に、古代エジプトにおいてもサソリは強い毒を持つ危険な生物として、人々に恐れられていました。セルケトは、この恐ろしいサソリを神格化した存在であり、皮肉にも、その毒や砂漠に生息する他の有害な生物の脅威から人々を守護する役割を担っていました。彼女は毒を無効化する力や、蛇など他の危険な動物から身を守る力を持つと信じられており、病気や怪我からの治癒をもたらす存在としても頼りにされました。

また、セルケトは時の王を守護する女神としても信仰されました。強力な毒を持つサソリを支配する力は、王権を守り、敵対するものを退ける力と結び付けられたのかもしれません。ファラオの安全と繁栄を祈願する儀式において、彼女の存在は不可欠でした。

神話と関連性

有名な神話の一つに、女神イシスが幼い息子ホルスを危険から守るために、セルケトに仕える7匹のサソリを護衛として伴ったという物語があります。この出来事にちなんで、セルケトはしばしば偉大な母なる女神イシスの従者あるいは眷属と見なされることがあります。この関連性から、彼女はホルスを守る母の役割、そして生命を守護する側面が強調されることもあります。

さらに、セルケトは死後の世界においても重要な役割を担いました。彼女はイシス、ネフティス、ネイトという他の三柱の女神と共に、ミイラ作りの際に摘出され、カノプス壺に納められた死者の内臓を守護しました。特に、セルケトは肺を納めたカノプス壺の守護を担当したとされており、これは彼女の名の意味である「呼吸をさせる者」と関連付けられる可能性が指摘されています。

図像の特殊性

古代エジプトの美術において、セルケトの象徴であるサソリが壁画などに描かれる際、その図像はしばしば足や尾の一部が意図的に欠損した形で表現されています。これは、描かれたものが現実世界に影響を与え、そこに描かれた存在が永続的な生命を持つと信じられていた古代エジプト人の独特な思想に基づいています。強力な毒を持つサソリの絵が現実化して人々を害することを防ぐため、あるいはその毒の力を封じるために、あえて無力化された形で描かれたと考えられています。この表現からも、セルケトが持つサソリの力に対する敬畏と、それを制御し、人々の安全のために役立てようとする古代エジプト人の願いが読み取れます。

セルケトは、恐れられる自然の力を御し、それを人々の守護に転じるという、古代エジプトの多面的な信仰を示す興味深い女神です。毒からの保護者、王の守護者、そして死後の世界の守護者として、彼女は長い歴史の中で重要な地位を保ち続けました。

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