ニコライ・イグナチェフ

ニコライ・パヴロヴィッチ・イグナチェフ（1832年1月17日 - 1908年6月20日）は、ロシア帝国の政治家であり、卓越した外交官でした。サンクトペテルブルクで生まれ、父は皇帝ニコライ1世に仕えた軍人でした。イグナチェフは幼少期から皇帝一家と親交があり、皇太子アレクサンドル2世は彼の教父を務めました。17歳で近衛連隊の将校に任官し、軍人としてのキャリアをスタートさせました。

1856年、クリミア戦争後のパリ講和会議に駐在武官として参加したことが、イグナチェフの外交官としての経歴の始まりです。彼は活発に動き、ドナウ川下流域における露土国境線の設置を主張しました。1858年には中央アジアのヒヴァ・ハン国、ブハラ・ハン国への危険な旅を敢行し、ブハラ・ハンとの友好条約締結に成功しました。

その後、清国公使として北京に赴任。アロー戦争で英仏連合軍が北京を占領する中、1860年、彼の調停により北京条約が締結されました。この条約によって、ロシアは沿海州を獲得するという外交的成功を収めました。イグナチェフは、極東におけるこれらの功績によって、外交官としての名声を確立しました。

1864年にはオスマン帝国公使に任命され、バルカン諸民族をオスマン帝国支配から解放し、ロシアの勢力圏に組み込もうとしました。イグナチェフは当時のオスマン帝国の大宰相マフムート・ネディム・パシャに取り入り、オスマン政府に親露的な政策をとらせることに成功しましたが、その一方で「スルタン・イグナチェフ」と揶揄されるほどの影響力を持つようになり、批判も受けました。

1877年、露土戦争が勃発。ロシアの勝利で戦争は終結し、翌年サン・ステファノ条約が締結されました。この条約により、セルビア、モンテネグロ、ルーマニアが独立し、広大な自治領「ブルガリア公国」が誕生しましたが、ロシアの勢力拡大はヨーロッパ各国の反発を招き、ベルリン会議が開催されました。ベルリン条約によって、ロシアはサン・ステファノ条約で得た領土の一部を放棄せざるを得なくなり、イグナチェフは利権確保に失敗したとして外務省を退官しました。

1881年、アレクサンドル2世が暗殺され、アレクサンドル3世が即位すると、イグナチェフは内務大臣に任命されました。内務大臣としてのイグナチェフは、反動的で国家主義的な政策を推進することを期待されました。しかし、1881年から1884年にかけて発生したポグロム（ユダヤ人迫害）の嵐の中で、彼はポグロムを助長したとして非難されました。警察もポグロムに関与し、虐殺と略奪を許容していたと言われています。1882年に五月勅令が制定されたことで、イグナチェフは内相を辞任しました。アレクサンドル3世は、イグナチェフが身分制議会を復活させ、立憲政治の導入に踏み切ることを恐れたという説もあります。

イグナチェフの子パーヴェルは、ニコライ2世の下で文部大臣を務めました。ロシア革命後、一家は亡命し、パーヴェルの子ジョージ・イグナチェフはカナダの外交官、その子マイケル・イグナチェフはカナダ下院議員、カナダ自由党党首となり、その血筋は現代まで続いています。

イグナチェフは、ロシア帝国の外交官として重要な役割を果たし、その行動はバルカン半島や極東の国際政治に大きな影響を与えました。しかし、晩年には内務大臣としてユダヤ人迫害に関与したとして非難され、その評価は分かれています。彼の生涯は、当時のロシア帝国における政治と外交の複雑さを反映しており、歴史を考察する上で重要な人物の一人と言えるでしょう。

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