ニコラース・マース

ニコラース・マース（Nicolaes Maes, 1634年1月 - 1693年11月24日埋葬）は、オランダのバロック時代を代表する画家の一人です。ドルドレヒトの裕福な商人家庭に生まれ、若くしてアムステルダムに移り、巨匠レンブラントの工房で絵画の基礎を学びました。

初期の画風とレンブラントの影響

1653年にドルドレヒトに戻るまでの間、マースはレンブラントの影響を色濃く受けた作品を制作しました。特に初期の作品は、等身大の人物像と深みのある色彩が特徴で、レンブラントの画風と非常に似ていたため、どちらの作品か判別が難しいものも存在します。アムステルダム国立美術館に所蔵されている作品群や、ロンドンのナショナル・ギャラリーにある『カード遊び』などは、この時期のマースの画風をよく示しています。

風俗画への転換

1655年から1665年の間、マースは画風を大きく転換させ、家庭内の日常風景を描いた風俗画に注力するようになりました。彼は、レンブラントから学んだ色彩表現をさらに発展させ、糸を紡ぐ女性、聖書を読む姿、食事の準備をする様子など、親しみやすい題材を多く描きました。これらの作品は、当時の人々の生活や文化を垣間見ることができる貴重な資料となっています。

アントウェルペンでの変革と肖像画への傾倒

1673年頃にアムステルダムへ移住するまでの間、マースはアントウェルペンに滞在しました。この時期を境に、マースの画風は再び大きな変化を見せます。彼は肖像画を専門とするようになり、それまで得意としていた親しみやすい雰囲気や色彩の調和は影を潜め、アンソニー・ヴァン・ダイクの影響を受けた、より洗練された優雅さが特徴となりました。この変化はあまりにも劇的であったため、ブリュッセルにいた別の画家が描いたのではないかという説まで浮上したほどです。

主要な作品と所蔵美術館

マースの作品は、世界各国の主要な美術館に所蔵されています。ロンドンのナショナル・ギャラリーには、『カード遊び』、『揺りかご』、『オランダ人の主婦』、『召使いの鑑』、『Jan de Reusの肖像』、『子供たちを祝福するキリスト』、『黒いローブを着た男性の肖像画』などがあります。アムステルダム国立美術館には、初期の作品や風俗画、肖像画など、幅広い作品が所蔵されています。また、バッキンガム宮殿には『聞く少女』や『牛乳売り』、『聞く人』などが、ベルリン、ブリュッセル、サンクトペテルブルク、ハーグ、フランクフルト・アム・マイン、ハノーファー、ミュンヘンの各美術館にも彼の作品が収蔵されています。

その他の主要作品

ロチェスター伯ニコラス・ハイドの肖像
ピラトゥスの前のキリスト（1649年-1650年）
4人の子供たちの肖像（1657年）
子供を祝福するキリスト（1652年-1653年）
レース職人（1649年-1650年）
アラスの女（1667年）
ゲントの女
レースを編む老女（1655年）
立ち聞きしている主婦（1655年）
糸を紡ぐ女（1655年）
使徒トマス（1656年）
アヒルの羽をむしる女（1656年頃）
ヤーコプ・トリップ像（1660年頃）
ヤーコプ・トリップの妻マルガレタ・デ・ヘール像（c. 1660年）
入浴する子供（1665年-1670年）
シモン・ファン・アルプヘンの肖像（1680年頃）

ニコラース・マースは、レンブラントの弟子として出発しながらも、自身の才能を開花させ、風俗画と肖像画の両方で独自の境地を切り拓いた画家です。彼の作品は、当時のオランダ社会の様子を知る上で貴重な資料であるとともに、観る者に温かさや安らぎを与える魅力に満ちています。

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