ニセ十字

ニセ十字（False Cross）

ニセ十字とは、南半球で観測される、四つの明るい星が織りなす十字形の配置を指します。この星の並びは、国際天文学連合によって定められた正式な星座ではありませんが、その特徴的な形状から多くの観測者の目を引きます。

この美しい十字を構成しているのは、以下の四つの恒星です。

ほ座δ星（δ Velorum）
ほ座κ星（κ Velorum）
りゅうこつ座ι星（ι Carinae）
りゅうこつ座ε星（ε Carinae）

これらの星々は、見かけの等級が全ておよそ2等であるという共通の特徴を持っています。この明るさが揃っている点と、その見かけの大きさが南半球で最も有名な十字型の星の並びであるみなみじゅうじ座（南十字星）よりも大きいことから、特に天体観測に不慣れな人々は、しばしばニセ十字をみなみじゅうじ座と誤認することがあります。

実際のみなみじゅうじ座は、ニセ十字とは異なり、構成する星々の明るさが1等星二つ、2等星一つ、3等星一つとばらつきがあります。また、みなみじゅうじ座はすぐ近くに目印となる非常に明るい二つの星、すなわちケンタウルス座のα星（アルファ・ケンタウリ）とβ星（ベータ・ケンタウリ）が並んで輝いています。これらの二つの星を探し出すことができれば、それらを頼りに本物のみなみじゅうじ座を見分けることが可能です。ニセ十字とみなみじゅうじ座は比較的近接して見えるため、注意深く観察することが重要です。

ニセ十字に関する記述は、日本の古い文献にも見られます。江戸時代初期に南方地域を旅したとされる天竺徳兵衛が、89歳で著述したとされる『天竺徳兵衛物語』には、マカオについて触れた箇所で「此処南の方に大くるすと申星出候、此迄は日本の北斗の星を見立、時計を以て方向を伺い走り申候、此処より大くるす、小くるすと申二星を考へ走り申候云々」という記述があります。日本の言語学者である新村出氏は、この「大くるす」をニセ十字、「小くるす」をみなみじゅうじ座ではないかと解釈しており、これが日本でニセ十字について言及された数少ない古文献の一つと考えられています。

このように、ニセ十字はその美しい姿と、みなみじゅうじ座との見間違いやすさ、さらには歴史的な文献への登場といった様々な側面を持つ、興味深い天体現象と言えるでしょう。

もう一度検索