ニーレウス

ギリシア神話において、「ニーレウス」（古希: Νιρεύς）という名は、特定の唯一の英雄を指すものではありません。この名前を持つ人物は複数存在することが確認されており、その中でも特に言及されることが多いのは、海神ポセイドーンを父とする者と、古代ギリシア最大の戦いとされるトロイア戦争に参加したシューメー島の王の息子です。

それぞれの詳細を見ていきましょう。

カナケーの子のニーレウス

最初に挙げられるニーレウスは、大気の支配者として知られるアイオロス王の娘カナケーと、壮大な海を司る神ポセイドーンとの間に生まれた息子です。彼はホプレウス、エポーペウス、アローエウス、そしてトリオプスといった兄弟と共に語られます。しかし、このニーレウス自身に関する具体的な神話上の活動や、彼にまつわる詳細な逸話は、ギリシア神話の数多くの英雄譚の中ではあまり知られていません。

カロポスの子のニーレウス

もう一人、そしてより広く知られているニーレウスは、エーゲ海の島シューメーを統治していたカロポス王と、水の精霊であるニュムペーのアグライエーの間に生まれた人物です。彼は古代ギリシアにおける絶世の美女とされるスパルタ王妃ヘレネーに求婚した、多くの英雄の一人として名を連ねています。そして、ヘレネーを巡って勃発した史上最大級の紛争、すなわちトロイア戦争においては、ギリシア連合軍の一員として参戦しました。

シューメー島の指導者として、ニーレウスは自国の軍勢を率いてトロイアへと向かいました。彼が指揮した船の数については、古代の文献によって記述に差異が見られます。ある伝承ではわずか3隻、別の伝承では16隻、さらに他の伝承では53隻といったように、複数の数字が伝えられています。しかし、いずれにしても彼は自国の兵を率いて連合軍に加わった重要な武将であったことは確かです。

このニーレウスは、トロイア攻略を目指して集結した無数の英雄たちの中でも、特にその容姿の美しさで際立っていました。ホメロスの叙事詩『イリアス』によれば、ギリシア軍の中で彼を凌ぐ美貌を持つのは、かの不死身に近い英雄アキレウスただ一人であったと記されています。その輝くような外見は多くの人々の目を惹きつけ、アキレウスの次に美しいとまで称されました。

しかし、残念ながら彼の戦場での武勇は、その美しさに見合うものではなかったとされています。他の多くの屈強な英雄たちと比べると、戦闘能力の点では劣っており、軍功という点では目立った活躍を見せることが少なかったと言われています。

ニーレウスの軍歴には、いくつかのエピソードが残されています。トロイア本土に上陸する前、ギリシア軍は誤って小アジアのミューシア地方に上陸し、そこの王テーレポスと戦うことになりました。この戦いにおいて、ニーレウスはテーレポスの美しい妻ヒエラーを討ち取るという功績を挙げたとされています。しかし、これが彼にとってある種の因縁となったのかもしれません。

その後のトロイア戦争本番において、ニーレウスは悲劇的な最期を迎えます。ミューシアでの戦いで妻を失ったテーレポスの息子、エウリュピュロスによって討ち取られたのです。エウリュピュロスは、父の受けた傷や妻ヒエラーの死に対する復讐として、ニーレウスを狙ったのかもしれません。ただし、彼の最期については別の伝承も存在しており、トロイアの主要な英雄の一人であるアイネイアースによって討たれたとする説もあります。いずれにせよ、アキレウスに次ぐ美男子として名を馳せながらも、武勇に恵まれなかったシューメー島の王は、遠い異国の地でその命を落とし、その短い生涯を終えることになりました。

まとめ

このように、「ニーレウス」という名前は、海の神の子孫として伝説に名を残す人物と、ヘレネーの求婚者であり、輝く容姿と対照的な武勇で知られ、トロイアの地で散ったシューメーの王子の双方を指します。特に後者のニーレウスは、その美しさと悲運な最期から、印象的なキャラクターとして語り継がれています。

もう一度検索