ネグリチュード

ネグリチュード運動：黒人の誇りとアイデンティティの探求

ネグリチュード（Négritude、黒人性）とは、20世紀前半、主にフランス領アンティル諸島とフランス語圏アフリカで生まれた、黒人の文化とアイデンティティを再定義しようとした文学・思想運動です。単なる標語や精神性にとどまらず、植民地支配下の黒人たちの自覚を高め、独自の文化を肯定する重要な役割を果たしました。

運動の起源：抑圧からの解放

1930年代、フランスで教育を受けた西インド諸島やアフリカ出身の黒人知識人たちは、近代科学が内包する人種差別と、自身の黒人としてのアイデンティティとの葛藤に直面しました。マルティニークのエメ・セゼールとセネガルのレオポール・セダール・サンゴールは、この葛藤を克服すべく、ネグリチュードという概念を提唱しました。

ネグリチュードは、単に黒人の文化や価値観を肯定するだけでなく、植民地主義による抑圧と差別からの解放、そして黒人自身の言葉と文化を取り戻すことを目指しました。セゼールは、黒人が「ニグロ」として受けた差別や苦しみを自覚し、それを乗り越えるための表現として「ニグロの言葉」を用いることを訴えました。

運動の広がりと多様な解釈

ネグリチュード運動は、フランス語圏にとどまらず、ポルトガル語圏のアフリカにも影響を与えました。アンゴラの初代大統領アゴスティーニョ・ネトが主導したネグリズモ運動はその代表例です。パリでは、アリウン・ジョップが創刊した雑誌『プレザンス・アフリケーヌ』（アフリカの存在）が運動の拠点となりました。

しかし、ネグリチュード運動は、白黒二元論に陥っているという批判も受けました。1950年代以降、アフリカ諸国が独立を果たすと、ネグリチュードを超える新たな表現や思想が台頭します。ナイジェリアのノーベル賞作家ウォーレ・ショインカの言葉、「虎はティグリチュード（虎性）を主張しない。ただ飛びかかるだけだ。」は、ネグリチュードにとらわれず、より直接的な行動を求める姿勢を示しています。

批判と発展：クレオリテの登場

ネグリチュードへの批判は、フランツ・ファノンらからもなされました。ファノンは、ネグリチュードが植民地支配の構造を十分に批判していないと指摘しました。

こうした批判を背景に、ネグリチュードを土台としながらも、それを超える新たな概念が生まれました。特に、マルティニークのエドゥアール・グリッサンが提唱したアンティヤニテや、クレオリテ（クリオール性）は、多様な文化の混交と融合を強調し、ネグリチュード運動に新たな地平を開きました。クレオリテは、ジャン・ベルナベ、パトリック・シャモワゾー、ラファエル・コンフィアンらによって発展させられました。

主要人物

ネグリチュード運動には、多くの重要な人物が関わりました。セゼールとサンゴールの他に、ハイチのジャン・プライス＝マルスやフランソワ・デュヴァリエ、アンゴラのネト、モザンビークのジョゼ・クラヴェイリーニャ、セネガルのアリウン・ジョップ、そしてハイチのルネ・ドゥペストルなどが挙げられます。それぞれの活動は、ネグリチュード運動の多様性と広がりを示しています。

まとめ：ネグリチュードの継承と変容

ネグリチュード運動は、黒人自身の文化とアイデンティティを肯定する上で重要な役割を果たしました。しかし、同時に、その限界や批判も受けました。ネグリチュードは、単なる歴史的現象ではなく、現在も続く黒人文化の探求と表現、そして、植民地主義とその影響からの解放に向けた闘争の重要な一部となっています。 その後のクレオリテやその他のアフリカ文化の多様な発展は、ネグリチュード運動の複雑な遺産を受け継ぎ、発展させている証と言えるでしょう。

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