ネルトゥス

ネルトゥス（Nerthus）

ネルトゥスは、古代ゲルマン民族がキリスト教を受容する以前に崇拝していた多神教において、特に豊穣を司る神格として知られています。彼女の存在は、紀元1世紀にローマの歴史家であるタキトゥスが著した民族誌『ゲルマニア』の中で具体的に記録されており、当時のゲルマン社会の一側面を知る上で貴重な情報源となっています。

『ゲルマニア』に見るネルトゥス崇拝

タキトゥスの『ゲルマニア』には、執筆当時、遠方に位置していたスエビ系の部族連合に属する複数の支族が、この女神への共通の信仰によって結びついていた様子が描かれています。彼らは広大な海洋に浮かぶ島に聖なる森を大切に守り、その神聖な場所には、神官だけが触れることを許された布で覆われた聖なる荷車が安置されていました。

神官たちはこの荷車を通して女神の存在を感じ取り、未経産の雌牛に引かれたその荷車が巡幸する際には、深い畏敬の念をもってそれに付き従いました。女神が訪れるあらゆる地は祝祭と歓待をもって迎えられ、鉄製の武器はすべて封じられ、争いは一切停止するという平和がもたらされました。女神がその恵みを十分に与えた後、神官たちの手によって彼女は再び神殿へと戻されます。この帰還の際、女神自身、荷車、そして布は、人里離れた湖で奴隷たちの手によって清められるとタキトゥスは付け加えています。そして、この清めの儀式を終えた奴隷たちは、その秘密を守るために湖に沈められたと伝えられています。

名前と神格の関連

「ネルトゥス」という名前は、言語学的にはゲルマン祖語の*Nerþuz（北欧神話における神格「ニョルズ」の直接的な祖語とされる形）がラテン語化されたものと一般的に考えられています。多くの研究者は、ネルトゥスとニョルズの記述に共通点が多いことを指摘していますが、ニョルズは確定的に男性の神として認識されています。この性別の違いから、ゲルマン民族におけるネルトゥスという女神、そしてその後の時代における彼女の信仰の名残に関して、様々な学説が提唱されています。例えば、ニョルズがかつては両性具有的な性質を持っていた可能性や、ネルトゥスはニョルズの妻であったものの、フレイとフレイヤのように兄妹ペアの神格として知られるようになった過程でその存在が忘れられてしまった姉妹である可能性なども議論されています。

歴史言語学が進歩する以前には、「ネルトゥス」という名前は様々に誤読されており、特に「ヘルタ（Hertha）」という形が広く知られていました。この読み方は、北欧神話の大地の女神ヨルズ（Jörð）の名前を反映しようとした試みから提案されたものです。1912年にこのテーマについて論じたレイモンド・ウィルソン・チェンバーズは、「近代におけるこの女神「ネルトゥス」の歴史は奇妙である。16世紀の学者達は「母なる大地」の名前を「ヘルトゥム（Herthum）」に訂正したい誘惑に抗しきれなかったことが分かっており、19世紀の学者達がそれをさらに「ヘルタム（Hertham）」、「エルタム（Ertham）」へと改変したのだ。何年もの間、この偽りの女神がいて『ゲルマニア』第40章から正しい神格は出てこれずにいた」と述べています。この「ヘルタ」という誤った名前は、後の時代において、ドイツのリューゲン島にあるヘルター湖など、いくつかの地名や文学作品に影響を与えました。

『ゲルマニア』において、タキトゥスはスエビ族について記述する中で、特にレウディーグニー、アウィオーネース、アングリーイー、ワリーニー、エウドセース、スアリーネース、ヌイトーネースという七つの支族がネルトゥスを崇拝していることを特筆しています。

学説と解釈

ネルトゥスの崇拝に関する学説は多岐にわたり、儀式の場所、他の神格との関連性、そしてゲルマン社会における役割などが研究されています。いくつかの学者は、タキトゥスが記述したネルトゥスの崇拝地として、現在のデンマーク領であるシェラン島を有力視しています。この説の根拠としては、シェラン島に存在する中世の地名Niartharum（現在のネールム）との関連性や、デンマーク古代王国の中心地ライレが同島にあることなどが挙げられます。また、ネルトゥスは、散文エッダにおいてスウェーデンからシェラン島を耕し、ライレで伝説のデンマーク王スキョルドと結婚したとされる女神ゲフィオンと比較されることがあります。

ドイツのリューゲン島にあるヘルター湖もかつて候補地として提唱されましたが、これは名前の項で述べた「ヘルタ」という誤った読み方に基づいていたため、現在は有力視されていません。

ヴァン神族との関連では、ネルトゥスの荷車による巡幸儀礼が注目されています。これは、ヴァン神族の一柱であるフレイが、豊穣を願って台車で国中を巡ったという伝説や、儀式用の台車とされる考古学的な発見（例えば、デンマークにおける青銅器時代のものや、オーセベリ船から見つかったもの）と類似しているからです。研究者のヒルダ・デビッドソンらは、こうした事象とタキトゥスの記述との間に並行性を見出し、さらに青銅器時代の遺物である、ひざまずいて馬車を引くかのような首輪を着けた女性像もこの儀礼に関連する可能性を示唆しています。これらの証拠は、キリスト教化以前の時代を通じて、タキトゥスが詳細に記したような儀式が、特にヴァン神族への崇拝と関連しながら存在し続けたことを示唆しています。

現代への影響

現代において、ネルトゥスの名は小惑星帯に位置する小惑星601ネルトゥスに命名される形で残されています。

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