ハロルド・バウアー

ハロルド・ヴィクター・バウアー

1873年4月28日にロンドンで生を受けたハロルド・ヴィクター・バウアーは、ヴァイオリニストとしてそのキャリアをスタートさせ、後に世界的なピアニストとして名を馳せたイギリス出身の音楽家です。父はドイツ人のヴァイオリニスト、母はイギリス人という家庭に育ち、幼い頃から音楽的な環境に親しみました。

ヴァイオリニストとしての出発と転機

バウアーは父、そしてアドルフ・ポリッツァーからヴァイオリンの手ほどきを受けました。その才能は早くから開花し、わずか10歳でロンドンの舞台でヴァイオリニストとしてデビューを果たします。その後9年間にわたり、イギリス国内各地で演奏旅行を行い、若きヴァイオリニストとしての経験を積みました。

1892年、彼は芸術の都パリへと渡ります。そこで、当時の著名なピアニストであったイグナツィ・パデレフスキのもとで約1年間ピアノを学ぶ機会を得ました。この頃、バウアーはまだヴァイオリンへの強い愛着を抱いていましたが、パデレフスキは彼のピアノ演奏における非凡な才能を見抜き、ピアニストとしての将来に専念するよう強く勧めます。パデレフスキは、バウアーの豊かな髪に触れ、「君は美しい髪の持ち主だから、ピアニストになるべきだ」とユーモアを交えて語ったというエピソードも伝えられています。この出会いが、バウアーのその後の音楽人生を大きく変える転機となったのです。

ピアニストとしての飛躍と国際的な活躍

パデレフスキの助言を受け、バウアーはピアニストとしての道を歩み始めます。1893年にはパリでピアニストとして正式にデビュー。フレデリック・ディーリアスのヴァイオリンソナタ ロ短調の初演では、アチル・リヴァーがヴァイオリンを担当し、バウアーはピアノパートを演奏しました。この演奏は彼のピアニストとしての評価を確立する一助となります。

1893年から1894年にかけて、彼はロシア全土を巡る大規模な演奏旅行を敢行し、成功を収めます。続くフランス国内主要都市でのリサイタルで、バウアーの名声は揺るぎないものとなりました。これにより、フランス、ドイツ、スペインといったヨーロッパの主要国での演奏契約を獲得し、彼の活動範囲は急速に拡大します。これらの演奏旅行で得た高い評価は、彼をヨーロッパのみならずアメリカ大陸へと導くこととなりました。

アメリカでの活動と後世への影響

特に重要な功績として、1908年12月18日にパリでクロード・ドビュッシーのピアノ組曲《子供の領分》を世界で初めて演奏したことが挙げられます。これは、この珠玉の作品を世に紹介する上で極めて重要な出来事でした。

その後、バウアーはアメリカ合衆国に活動の拠点を移し、同地に定住します。彼は音楽界への貢献を続け、ニューヨークではベートーヴェン協会の設立に尽力しました。さらに、教育者としても優れた手腕を発揮し、マンハッタン音楽学校の主任教師として多くの若い音楽家を育成しました。彼のマスタークラスは非常に有名であり、現在でも同校では最も将来有望な学生に対して「ハロルド・バウアー賞」が授与され、その功績が称えられています。

評価

バウアーの演奏は、共演した音楽家からも高く評価されていました。例えば、彼とリサイタルを行った著名なヴァイオリニスト、ジャック・ティボーは、その共演について「とても満足できた」と述べています。

ハロルド・ヴィクター・バウアーは、ヴァイオリンからピアノへと転向し、困難を乗り越えて国際的な名声を得た稀有な音楽家です。演奏家として、そして教育者として、彼はクラシック音楽の世界に indelible な足跡を残しました。

参照：フレデリック・H・マーテンス著、角英憲訳『ヴァイオリン・マスタリー 名演奏家24人のメッセージ』全音楽譜出版社 2017年

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