ハーグ派

ハーグ派：19世紀オランダ美術の革新

ハーグ派は、1860年から1890年頃にかけて、オランダのハーグを中心に活動した画家たちのグループです。彼らは、フランスのバルビゾン派の写実主義に大きな影響を受け、自然をありのままに捉え、その場の雰囲気や印象を重視する独自のスタイルを確立しました。ハーグ派の画家たちは、くすんだ色合いを多用する傾向があり、特に灰色を好んで用いたため、「灰色派」とも呼ばれています。

ハーグ派の先駆け

17世紀のオランダ黄金時代以降、オランダの芸術活動は低迷していました。しかし、1830年頃からオランダ・ロマン主義が台頭し、芸術活動が再び活発化し始めます。この時代の画家たちは、17世紀の絵画を模倣する傾向があり、風景画や歴史画が人気を集めました。

アンドレアス・スヘルフハウトは、特に冬の風景画を得意とし、森や砂丘なども描きました。彼の弟子には、ウィナンド・ニュイエン、ヨハン・ヨンキント、ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフなどがいます。ニュイエンは、当時のロマン主義絵画の中で最も優れた画家の一人であり、ヴァイセンブルフやヨハネス・ボスボームに大きな影響を与えました。

当時の美術教育は、デッサンが中心で、油絵を専門的に学ぶ場所はありませんでした。そのため、後のハーグ派を形成する若い画家たちは、既存のアカデミーに不満を抱き、それぞれの師を求めて旅立ちました。ヘラルト・ビルデルスは、スイスの動物画家シャルル・ウンベールに師事しました。パウル・ハブリエルは、ドイツの風景画家バーレント・コーネリス・コッククックに学びました。ヨゼフ・イスラエルスは、パリでフランソワ＝エドゥアール・ピコの画塾に通いました。ヤコブ・マリスもハーグのアカデミーを去り、アントウェルペンやパリで学びました。彼の弟マティス・マリスはアントウェルペンでニケーズ・ド・ケイゼルに師事し、ヘンドリック・ウィレム・メスダフはブリュッセルでウィレム・ルーロフスの元で技術を磨きました。

オーステルベークの集い

1830年代、フランスではバルビゾン派の画家たちが、自然をありのままに描くことを信条として活動していました。1850年代になると、オランダの画家たちもこれに触発され、都市を離れてオーステルベークという田舎に集まり、画業に打ち込み始めました。彼らは、バルビゾン派の影響を受け、素早い筆致で自然の風景を捉え、絵画に落とし込みました。

ヨハネス・ビルデルスが1852年にオーステルベークに移住すると、多く弟子たちが彼を慕って集まりました。アントン・モーヴ、マリス3兄弟、ウィレム・ルーロフス、ポール・ガブリエルなどがこの地を訪れ、ヨゼフ・イスラエルス、ヤコブ・マリス、ヴァイセンブルフらは、バルビゾンにも足を運び、絵を描きました。

ハーグ派の形成

1860年代後半になると、これらの画家たちがハーグに集まり始めました。1869年にメスダフがハーグに移住し、1870年の普仏戦争開戦に伴いヤコブ・マリスがパリから帰国しました。同じ年、ヨゼフ・イスラエルス、アントン・モーヴもハーグに住み始めました。ウィレム・マリス、ヨハネス・ボスボーム、ヤン・ヘンドリック・ヴァイセンブルフは、もともとハーグに住んでいました。

彼らは友情で結ばれ、協力し合いました。批評家のヤコブ・ファン・サンテン・コルフは、彼らの手法を「事物を見、描く新しい方法」と評し、「雰囲気を伝えることを目指し、明暗（トーン）が色彩に対し優位を占めている」と述べました。彼らは、眼で見たものを忠実に描写するよりも、雰囲気やその瞬間の印象を伝えることを重視しました。

ハーグ派の画家たちは、ボスボーム、ルーロフス、ヴァイセンブルフが設立した絵画協会プルクリ・スタジオを拠点に、意見交換や議論を重ねました。プルクリ・スタジオは、ハーグ派の活動を支える重要な役割を果たしました。

時がたつにつれて、ハーグ派の画家たちの作風は変化していきました。ヤコブ・マリスは鮮やかな色彩を取り入れるようになり、ヨゼフ・イスラエルスもくすんだ色遣いを卒業しました。ヴァイセンブルフは、晩年の作品で風景を抽象的な色使いで描くようになりました。ウィレム・マリスは、光の画家として、水面や草地の風景を描きました。マティス・マリスは、夢心地のような幻想的な絵を描き続けました。

ハーグ派の解体

1880年代半ば頃になると、ハーグ派の結束は崩れ始めました。ハーグの都市化が進み、環境が変化しました。ヴァイセンブルフとルーロフスは、ハーグの急成長に違和感を覚え、干拓地に移り住みました。

アントン・モーヴとヨゼフ・イスラエルスは、ラーレンに移り、ラーレン派と呼ばれるグループを形成しました。ラーレン派は、ハーグ派の作風を継承し、農家の部屋や風景を描きました。また、ハーグの都市化に不満を感じ、アムステルダム印象派に移行する画家もいました。彼らは、都市生活を積極的に描きました。この中には、ヘオルヘ・ヘンドリック・ブレイトネル、イサーク・イスラエルス、ウィレム・バスティアーン・トーレン、ウィレム・デ・ズワルトなどが含まれます。また、ウィレム・ウィッセン、エフェルト・ピーテルス、ヤン・トーロップは、ハーグ派のバックグラウンドを持ちつつ、アムステルダム印象派に数えられます。

ハーグ派は、19世紀のオランダ美術に大きな影響を与え、その後の画家たちに大きな遺産を残しました。彼らの自然に対する真摯な眼差しと、独自の表現方法は、今もなお多くの人々を魅了しています。

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