ハーバート・ギンタス

ハーバート・ギンタス

ハーバート・ギンタス（Herbert Gintis、1940年2月11日 - 2023年1月5日）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したアメリカ合衆国の著名な経済学者です。彼は、従来の経済学の枠を超え、生物学、進化理論、社会学、心理学、哲学といった多岐にわたる分野を横断する学際的な研究を推進しました。特に、ラディカル経済学、遺伝と文化の共進化理論、生物経済学といった新たな研究領域の創設に指導的な役割を果たしたことで知られています。2022年にはその長年の功績が認められ、クラリベイト引用栄誉賞を受賞しました。

ギンタスの学術的キャリアは、数学から始まりました。1961年にペンシルベニア大学で数学の学士号を取得した後、ハーバード大学で数学の修士号を取得しました。しかし、彼はその後、経済学へと関心を移し、1969年にハーバード大学で経済学の博士号を取得します。博士号取得後は、ハーバード大学経済学部で助教授および准教授を務め、研究者としての基盤を築きました。

1975年、ギンタスはマサチューセッツ大学に移籍し、ここで長期間にわたり研究と教育に携わりました。さらに2002年には、ハンガリーのブダペストにある中央ヨーロッパ大学へ籍を移し、教授として国際的な学術交流に貢献しました。晩年には、2011年からアメリカのサンタフェ研究所の外部教授を兼任し、複雑系科学の視点を取り入れた研究にも積極的に取り組みました。2023年1月5日に82歳で死去するまで、彼は精力的に研究活動を続けました。

彼の研究の中核をなすのは、人間の行動原理や社会構造を、合理性だけでなく遺伝的・文化的進化や社会規範の観点から理解しようとする試みです。特に、サミュエル・ボウルズとの長年にわたる共同研究は非常に有名であり、経済学における協力行動や不平等の問題について、ゲーム理論や進化生物学の手法を用いて分析しました。彼らは、人間が自己利益のみに基づいて行動するのではなく、公平性や互恵性といった「道徳感情」に影響されることを示し、経済学における行動モデルに新たな視点をもたらしました。

ギンタスの主要な著作には、初期のサミュエル・ボウルズらとの共著で、教育や家族が社会的不平等に与える影響を論じた『Inequality: A reassessment of the effect of family and schooling in America』(1972)、民主主義と資本主義の関係を考察した『Democracy and capitalism: Property, theory, and the contradictions of modern social theory』(1986)などがあります。また、ゲーム理論を社会科学に応用する際の規範的な著作として広く読まれている単著『Game theory evolving』(2000)は、この分野における重要な教科書の一つとされています。さらに、協力行動の進化について進化生物学や実験経済学の成果を取り入れて包括的に論じたサミュエル・ボウルズとの共著『A cooperative species: human reciprocity and its evolution』(2013)は、日本語版も出版され（『協力する種』、2017年）、多くの読者に影響を与えました。これらの著作を通じて、ギンタスは経済学と他の社会科学、さらには自然科学との境界を曖昧にし、学問分野間の統合を推進しました。

ギンタスの研究は、経済学だけでなく、社会学、政治学、生物学など、幅広い分野に影響を与えています。人間の協力や利他行動、社会規範の進化といったテーマに関する彼の洞察は、学際的な研究を進める上で貴重な示唆を与え続けています。

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