ハーバート・ファイス
ハーバート・ファイス（Herbert Feis, 1893年 - 1972年）は、アメリカ合衆国の経済学者、歴史学者であり、20世紀前半のアメリカ外交史研究において重要な役割を果たしました。彼は経済学者としてのキャリアをスタートさせましたが、後に政策立案者として政府に関与し、その経験を活かして歴史研究へと転身しました。彼の著作は、当時の外交政策決定の内幕を詳細に分析し、同時代史研究の分野に大きな影響を与えました。
ニューヨーク市ロウワー・イーストサイドで生まれたファイスは、ニューヨーク市立大学を経てハーバード大学に進学し、1916年に卒業。その後、同大学院で博士号を取得しました。大学時代には、後にアメリカ合衆国第20代大統領となるジェームズ・ガーフィールドの孫娘と結婚し、リベラル派の法学者であるフェリックス・フランクファーターなど、後のアメリカ社会を支える重要な人物たちと親交を深めました。博士号取得後は、カンザス大学やシンシナティ大学で教鞭をとり、経済学者としてのキャリアを積み重ねました。
ファイスは、大学では『帝国主義外交と国際金融』などの著作に見られるように、外交と国際経済の連動を研究テーマとし、国際主義と自由貿易を支持する論客として活躍しました。その専門知識と論理的な分析能力が高く評価され、1931年にはハーバート・フーヴァー政権下の国務省に招聘され、経済問題顧問に就任しました。この人事には、ヘンリー・スティムソン長官の知人であったフランクファーターの影響があったとされています。その後、フランクリン・ルーズベルト政権でも引き続き経済顧問を務め、1933年のロンドン世界経済会議には、コーデル・ハル長官の随員として参加しました。1937年からは国際経済問題顧問として、第二次世界大戦前夜から戦時期にかけて、政治と経済が交錯する外交課題に関与しました。彼は単なるブレーントラストではなく、実務家として政策決定に直接関わったことが、後の歴史研究に大きな影響を与えたといえるでしょう。
1944年、ファイスは国際経済問題顧問を辞任し、旧知のスティムソンが長官を務める陸軍省の顧問に就任、1946年までドイツ占領政策に関与しました。1948年からはプリンストン高等研究所に着任し、国務省政策企画本部に勤務した1950年から51年の時期を除き、没するまでプリンストンで研究に専念しました。
プリンストン時代にファイスは、1950年の『真珠湾への道』を皮切りに、戦間期・戦時期の外交史研究を次々と発表しました。これらの研究は、当時一般には公開されていなかった国務省や陸軍省の公文書や、極東国際軍事裁判に提出された日本側の史料などを活用したものでした。彼は、アメリカ政府各方面の協力を得て、これらの資料を分析し、同時代史研究の先駆者としての地位を確立しました。
ファイスの研究は、自身も政府内で政策決定に関与した時期を対象としたこと、そして政府の協力によって未公開の史料を活用できたことから、「正統主義」的な立場として認識されるようになりました。この立場は、アメリカ政府の政策を弁護・擁護する傾向を持つとみなされ、修正主義を自認する歴史家たちからは批判の対象となりました。
特に、原爆投下の是非と冷戦の起源に関する彼の見解は、大きな議論を呼びました。著書『Japan Subdued』では、原爆投下を対日戦争の早期終結と人命損失の抑制のための政策決定であると主張しました。しかし、後に修正主義者のガー・アルペロビッツは、原爆投下が将来的なライバルとなるソ連に対する威嚇が目的だったと主張しました。ファイスは、後の著作『原爆と第二次世界大戦の終結』で、自身の見解を修正せずにいます。
冷戦の起源についても、ファイスはソ連の敵対的・膨張的な行動に対するアメリカの防御的な対応として描いています。この解釈は、ソ連側に多くの責任を求めるものであり、アメリカ側の行動に責任を求める修正主義者から批判を浴びることとなりました。これらの二つの論点は、冷戦という同時代的な状況を理解しようとする知的好奇心と相まって、ファイスの研究以後も大きな争点となっています。
ファイスの業績を記念し、1984年にはアメリカ歴史学会（AHA）によって「ハーバート・ファイス賞」が設けられました。この賞は、外交史研究における優れた業績を表彰するもので、彼の遺した知的遺産が今もなお尊重されていることを示しています。
Europe the World's Banker, 1870-1914. (1930)
The Changing Pattern of International Economic Affairs. (1940)
The Sinews of Peace. (1944)
The Diplomacy of the Dollar: First Era, 1919-1932. (1950)
The Road to Pearl Harbor: the Coming of the War between the United States and Japan. (1950) （『真珠湾への道』）
The China Tangle: the American Effort in China from Pearl Harbor to the Marshall Mission. (1953)
Churchill, Roosevelt, Stalin: The War They Waged and the Peace They Sought. (1957)
Contest Over Japan. (1957) （『ニッポン占領秘史』）
Between War and Peace: The Potsdam Conference. (1960)
Japan Subdued: the Atomic Bomb and the End of the War in the Pacific. (1961)
The Atomic Bomb and the End of World War II. (1966)（『原爆と第二次世界大戦の終結』）
The Spanish Story: Franco and the Nations at War. (1967)
From Trust to Terror: The Onset of the Cold War, 1945-1950.* (1970)
ハーバート・ファイスは、経済学者、政策立案者、そして歴史家として多面的な才能を発揮し、アメリカ外交史研究の発展に多大な貢献をしました。彼の業績は、現代史を理解するための重要な手がかりとして、これからも長く読み継がれていくでしょう。
経済学者から政策立案者へ
ニューヨーク市ロウワー・イーストサイドで生まれたファイスは、ニューヨーク市立大学を経てハーバード大学に進学し、1916年に卒業。その後、同大学院で博士号を取得しました。大学時代には、後にアメリカ合衆国第20代大統領となるジェームズ・ガーフィールドの孫娘と結婚し、リベラル派の法学者であるフェリックス・フランクファーターなど、後のアメリカ社会を支える重要な人物たちと親交を深めました。博士号取得後は、カンザス大学やシンシナティ大学で教鞭をとり、経済学者としてのキャリアを積み重ねました。
ファイスは、大学では『帝国主義外交と国際金融』などの著作に見られるように、外交と国際経済の連動を研究テーマとし、国際主義と自由貿易を支持する論客として活躍しました。その専門知識と論理的な分析能力が高く評価され、1931年にはハーバート・フーヴァー政権下の国務省に招聘され、経済問題顧問に就任しました。この人事には、ヘンリー・スティムソン長官の知人であったフランクファーターの影響があったとされています。その後、フランクリン・ルーズベルト政権でも引き続き経済顧問を務め、1933年のロンドン世界経済会議には、コーデル・ハル長官の随員として参加しました。1937年からは国際経済問題顧問として、第二次世界大戦前夜から戦時期にかけて、政治と経済が交錯する外交課題に関与しました。彼は単なるブレーントラストではなく、実務家として政策決定に直接関わったことが、後の歴史研究に大きな影響を与えたといえるでしょう。
1944年、ファイスは国際経済問題顧問を辞任し、旧知のスティムソンが長官を務める陸軍省の顧問に就任、1946年までドイツ占領政策に関与しました。1948年からはプリンストン高等研究所に着任し、国務省政策企画本部に勤務した1950年から51年の時期を除き、没するまでプリンストンで研究に専念しました。
同時代史家として
プリンストン時代にファイスは、1950年の『真珠湾への道』を皮切りに、戦間期・戦時期の外交史研究を次々と発表しました。これらの研究は、当時一般には公開されていなかった国務省や陸軍省の公文書や、極東国際軍事裁判に提出された日本側の史料などを活用したものでした。彼は、アメリカ政府各方面の協力を得て、これらの資料を分析し、同時代史研究の先駆者としての地位を確立しました。
ファイスの研究は、自身も政府内で政策決定に関与した時期を対象としたこと、そして政府の協力によって未公開の史料を活用できたことから、「正統主義」的な立場として認識されるようになりました。この立場は、アメリカ政府の政策を弁護・擁護する傾向を持つとみなされ、修正主義を自認する歴史家たちからは批判の対象となりました。
特に、原爆投下の是非と冷戦の起源に関する彼の見解は、大きな議論を呼びました。著書『Japan Subdued』では、原爆投下を対日戦争の早期終結と人命損失の抑制のための政策決定であると主張しました。しかし、後に修正主義者のガー・アルペロビッツは、原爆投下が将来的なライバルとなるソ連に対する威嚇が目的だったと主張しました。ファイスは、後の著作『原爆と第二次世界大戦の終結』で、自身の見解を修正せずにいます。
冷戦の起源についても、ファイスはソ連の敵対的・膨張的な行動に対するアメリカの防御的な対応として描いています。この解釈は、ソ連側に多くの責任を求めるものであり、アメリカ側の行動に責任を求める修正主義者から批判を浴びることとなりました。これらの二つの論点は、冷戦という同時代的な状況を理解しようとする知的好奇心と相まって、ファイスの研究以後も大きな争点となっています。
ファイスの業績を記念し、1984年にはアメリカ歴史学会（AHA）によって「ハーバート・ファイス賞」が設けられました。この賞は、外交史研究における優れた業績を表彰するもので、彼の遺した知的遺産が今もなお尊重されていることを示しています。
主な著作
Europe the World's Banker, 1870-1914. (1930)
The Changing Pattern of International Economic Affairs. (1940)
The Sinews of Peace. (1944)
The Diplomacy of the Dollar: First Era, 1919-1932. (1950)
The Road to Pearl Harbor: the Coming of the War between the United States and Japan. (1950) （『真珠湾への道』）
The China Tangle: the American Effort in China from Pearl Harbor to the Marshall Mission. (1953)
Churchill, Roosevelt, Stalin: The War They Waged and the Peace They Sought. (1957)
Contest Over Japan. (1957) （『ニッポン占領秘史』）
Between War and Peace: The Potsdam Conference. (1960)
Japan Subdued: the Atomic Bomb and the End of the War in the Pacific. (1961)
The Atomic Bomb and the End of World War II. (1966)（『原爆と第二次世界大戦の終結』）
The Spanish Story: Franco and the Nations at War. (1967)
From Trust to Terror: The Onset of the Cold War, 1945-1950.* (1970)
ハーバート・ファイスは、経済学者、政策立案者、そして歴史家として多面的な才能を発揮し、アメリカ外交史研究の発展に多大な貢献をしました。彼の業績は、現代史を理解するための重要な手がかりとして、これからも長く読み継がれていくでしょう。
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