バシラス綱

バシラス綱（Bacilli）

バシラス綱は、真正細菌の分類体系において、「綱（こう）」と呼ばれる重要なグループの一つです。この綱に属する細菌は、共通してグラム陽性菌であるという特徴を持っています。細菌をグラム染色という方法で染色した際に、特定の色素によって紫色に染まる性質を持つものがグラム陽性菌と呼ばれます。この染色性は、細胞壁の構造の違いに起因しており、細菌の分類や同定において基本的な指標となります。

バシラス綱には、主に二つの大きな分類グループ、すなわち「バシラス目（Bacillales）」と「ラクトバシラス目（Lactobacillales）」が含まれています。バシラス目には、ヒトや動物に感染して病気を引き起こす病原体として広く知られている細菌も含まれています。その代表的な例が、重篤な感染症である炭疽の原因菌である*炭疽菌（Bacillus anthracis）です。一方、ラクトバシラス目には、乳酸菌として食品の発酵に関わるような、私たちの生活にとって有用な細菌が多く含まれています。

用語のあいまいさと混同

バシラス綱に関する理解を深める上で、しばしば混乱の原因となるのが、関連する用語の使い分けのあいまいさです。

1. 「バシラス（Bacillus）」という言葉の多義性
「バシラス」という言葉は、学術的には複数の意味で使われます。
まず、今回説明している分類単位である「バシラス綱（Bacilli）」を指す場合があります。
しかし同時に、バシラス綱の中に含まれる「バシラス属（Bacillus）」という特定の属（ジェナス）の名称としても使われます。例えば、炭疽菌はバシラス属に属する種（Bacillus anthracis）です。
さらに、「バシラス」という言葉は、単に「桿菌（かんきん）」、つまり棒状の形態を持つ細菌全般を指す、形態学的な総称としても用いられることがあります。この場合、その細菌が必ずしもバシラス綱やバシラス属に属することを意味するわけではありません。

2. 形態（桿菌）と分類の不一致
形態が棒状であること（桿菌であること）と、分類学的にバシラス綱に属することは、必ずしも一致しません。バシラス綱に属する全ての細菌が棒状の形態を持つわけではありません。例えば、食中毒の原因菌として知られる*ブドウ球菌（Staphylococcus）は球状の形態をしていますが、分類学上はバシラス綱に含まれます。逆に、形態は棒状（桿菌）であっても、バシラス綱に属さない細菌は多数存在します。有名な例として、ヒトの腸内に生息する大腸菌（Escherichia coli）が挙げられます。大腸菌は典型的な棒状の形態をしていますが、グラム染色では陰性であり、分類学的にはバシラス属にもバシラス綱にも属しません。

3. グラム染色性と形態の不一致
前述のように、バシラス綱に属する細菌はすべてグラム陽性ですが、「バシラス」という形態学的な総称は、必ずしもグラム陽性菌を意味するわけではありません。大腸菌のように、形態は棒状（桿菌）でもグラム陰性である細菌も「バシラス」という一般的な言葉で表現されうるため、混乱が生じやすいのです。

このようなあいまいさがあるため、特に専門的な文脈では、分類群（綱、属）を指すのか、形態を指すのかを明確にしないと誤解を招く可能性があります。このため、一部の微生物学者は、一般的な「バシラス」という用語の使用を避ける傾向にあります。

分類学的背景

バシラス綱の現在の分類体系は、主に「List of Prokaryotic names with Standing in Nomenclature (LPSN)」という原核生物の学名リストに基づいています。また、細菌間の系統的な関係、つまり進化的な近さを明らかにするための研究は、「The All-Species Living Tree' Project」のようなプロジェクトによって行われています。これらのプロジェクトでは、特に細菌のリボソームRNAの一部である16S rRNAの遺伝子配列を用いた比較解析が、分類や系統樹の構築に重要な役割を果たしています。

分類上の注意点

最新の研究によって細菌の分類体系は常に更新されています。LPSNに正式に掲載されていないものの、遺伝子情報などに基づいてバシラス目に関連すると考えられている属や種も存在します。例えば、以下のような属や種が、NCBI（National Center for Biotechnology Information）のデータベースなどで見られますが、LPSNのリストには含まれていません。

Alkalilactibacillus (Schmidt et al. 2007)
Alkalilactibacillus ikkense (Schmidt et al. 2007)
Dehalobacterium (Magli et al. 1996)
Dehalobacterium formicoaceticum (Magli et al. 1996)
Pseudobacillus (Gomez 1999)
Pseudobacillus carolinae (Gomez 1999)
Trigonala (Zhang et al. 2006)
Trigonala elaeagnus* (Zhang et al. 2006)

これらの情報は、細菌の多様性と、分類学的な位置づけが常に研究によって見直されていることを示しています。

まとめ

バシラス綱は、真正細菌の中でも重要なグラム陽性菌の一群であり、病原体から有用菌まで多様な細菌を含んでいます。しかし、「バシラス」や「桿菌」といった関連用語が形態と分類の両方を指しうるため、その使用には注意が必要です。正確な理解のためには、形態だけでなく、グラム染色性や遺伝子情報に基づいた分類学的な位置づけを確認することが重要です。細菌の分類は日々進化しており、最新の情報を参照することが望ましいでしょう。

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