バジェナート

コロンビアの魂の音楽：バジェナートの世界

バジェナートは、コロンビアのカリブ海沿岸地方、特にシエラ・ネバダ・デ・サンタ・マルタ山脈とセラニア・デ・ペリハ山脈の間にある谷間で生まれた、情熱的な伝統音楽です。その名の通り「谷生まれ」を意味するバジェナートは、単なる音楽ジャンルを超え、コロンビアの文化と歴史を深く反映した、人々の生活に密着した音楽なのです。

バジェナートの起源：旅する音楽家たちの物語

バジェナートのルーツを探ると、スペインの伝統的な吟遊詩人（ミンストレル）と、西アフリカのグリオ（旅する語り部）の文化が融合した歴史が見えてきます。家畜を連れて旅回り、市場で販売していた彼らは、情報伝達者としての役割も担っていました。移動の唯一の慰みは歌と、ガイタ式横笛（クイシ）、グアチャラカ、カハといった楽器の演奏でした。情報も歌を通して伝えられたのです。

当初はこれらの楽器のみで演奏されていたバジェナートですが、後にギターが加わり、さらにヨーロッパからアコーディオンが導入されると、その音色は大きく変化しました。アコーディオンの導入は、バジェナートに新たな深みと魅力を与え、その発展に大きく貢献しました。

下層階級や農民の音楽として生まれたバジェナートは、20世紀半ば以降、社会全体へと浸透していきました。ドン・クレメンテ・クインテロという人物がバジェナートを愛し、リキュールと共に楽しむことで、この音楽は地方の娯楽として定着していきました。彼が始めた「パッランダ」（宴）は、バジェナートの普及に大きな役割を果たしました。

また、コロンビアの政治家、アルフォンソ・ロペス・プマレホの尽力もバジェナートの発展に大きく貢献しました。彼は、この地方の文化に強い関心を持ち、セサール県の設立を推進、初代知事にも就任しています。作家と作曲家によるバジェナート伝説祭の創設も、バジェナートの知名度向上に繋がりました。

バジェナートの楽器：独特の音色のハーモニー

バジェナートには、伝統的な3つの主要楽器があります。

カハ・バジェナーダ: 膝の間に挟んで演奏する小太鼓。アフリカ人奴隷が用いたタンボラに似た楽器です。
グアチャラカ: 砂糖黍に似た木の棒を擦り合わせて奏でる楽器。グアチャラコという鳥の鳴き声を模倣したもので、原住民の儀式で使用されていた歴史があります。
* アコーディオン: 3列ボタンのドイツ製アコーディオンが用いられます。独特の音色は、バジェナートの魂を表現するのに欠かせません。

バジェナートのリズム：4つの「空気」が織りなす旋律

バジェナートは、「ソン」、「パセオ」、「メレンゲ」、「プヤ」の4つのリズム（空気）から構成されています。それぞれが異なるテンポと旋律を持ち、バジェナートの多様性を象徴しています。「ソン」は悲しげでゆったりとしたリズム、「パセオ」は「ソン」を基にした変奏、「プヤ」と「メレンゲ」は6/8拍子で、歌詞の長さなどが異なります。

バジェナートの競演：ピケリア

「ピケリア」は、歌手同士が歌で競い合う伝統的な催しです。律動楽器の伴奏と共に、即興的な歌声が飛び交う熱気に満ちたパフォーマンスは、バジェナートの奥深い魅力を体感できる貴重な機会です。

バジェナートの祭典：伝統を受け継ぐ音楽イベント

毎年開催されるバジェナート伝説祭やアコーディオン登竜門祭は、バジェナートの伝統を継承し、新たな才能を発掘する場として重要な役割を果たしています。「レイ・バジェナート」（バジェナート・アコーディオンの王）の選出など、様々な賞が授与され、音楽界に大きな影響を与えています。

バジェナートを彩る人々：作曲家、歌手、演奏家

バジェナートの歴史には、数多くの作曲家、歌手、演奏家が関わってきました。ラファエル・エスカローナやカルロス・ヴィヴェスといった著名な音楽家たちは、バジェナートの世界的普及に貢献し、その伝統を守りながら、現代へと繋げてきました。

バジェナートの進化：伝統と革新の融合

伝統的なバジェナートは、近年、より洗練された管弦楽編成へと発展しています。「アイ・オンベロス」と呼ばれる、ベースギター、コンガ、ドラムセットなど様々な楽器を加えた演奏スタイルも登場し、バジェナートの表現の幅はさらに広がりました。クンビアやサルサ、ロックなど、他の音楽ジャンルとの融合も試みられ、新たなバジェナートサウンドを生み出しています。

「ラ・ヌエヴァ・オラ」と呼ばれる新世代の音楽家たちは、伝統を守りながら、現代的な要素を取り入れ、バジェナートの未来を担っています。

まとめ

バジェナートは、単なる音楽ジャンルではなく、コロンビアの歴史、文化、そして人々の情熱が凝縮された表現形式です。その歴史、伝統、そして現代への進化をたどることで、この魅力的な音楽の世界をより深く理解できるでしょう。バジェナートの力強いリズムと美しい旋律は、これからも多くの人々の心を魅了し続けることでしょう。

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