バラード (アルバム)

ジョン・コルトレーン『バラード』（Ballads）

ジャズサックス奏者の巨星、ジョン・コルトレーンが1963年にインパルス!レコードから世に送り出したアルバム『バラード』は、そのタイトルが示す通り、収録曲の全てが美しいバラードで彩られた作品です。

コルトレーンの音楽性は、しばしばその激しい演奏スタイルで知られてきました。特に1950年代末期に彼がモード・ジャズへと傾倒してからは、切れ目なく畳み掛けるサックスの音は、音楽評論家アイラ・ギトラーによって「シーツ・オブ・サウンド」と評されるほど、より一層その強度を増していきました。しかし、彼のキャリアの初期から、コルトレーンはバラード演奏にも深い愛情を注いでおり、その心温まる一面が見事に結実したのが、この『バラード』なのです。

彼の膨大なディスコグラフィーの中でも特異な位置を占める本作ですが、温かく、感情豊かな演奏が展開されており、現在でも、ジャズ入門者へしばしば推奨される名盤です。

このアルバムの制作背景については、いくつかの説が囁かれています。最も広く知られているのは、「コルトレーンが使用していたサックスのマウスピースの調子が悪く、速いフレーズを演奏することが困難だったため、やむなくバラード集を制作することになった」という、いわば苦肉の策であったとするエピソードです。しかし、実際には、プロデューサーであるボブ・シールが、コルトレーンの新たな魅力を引き出し、より幅広い聴衆に届けるために企画した、というのが真相に近いと考えられています。この企画盤的な側面も、本作がコルトレーンの他の作品群と異なる雰囲気を纏っている理由の一つと言えるでしょう。

収録曲は、スタンダードナンバーを中心とした親しみやすい選曲となっています。

セイ・イット ("Say It (Over and Over Again)")
ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ ("You Don't Know What Love Is")
トゥー・ヤング・トゥ・ゴー・ステディ ("Too Young to Go Steady")
オール・オア・ナッシング・アット・オール ("All or Nothing at All")
アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー ("I Wish I Knew")
ホワッツ・ニュー ("What's New")
イッツ・イージー・トゥ・リメンバー ("It's Easy to Remember")
ナンシー ("Nancy" (With the Laughing Face))

中でも「ユー・ドント・ノウ・ホワット・ラヴ・イズ」は、元々はミュージカル映画『凸凹空中の巻』のために作られた楽曲で、コルトレーン以前にも、ジャズの巨人たちがこの曲を取り上げており、例えばソニー・ロリンズは名盤『サキソフォン・コロッサス』で、ビリー・ホリデイは『レディ・イン・サテン』でそれぞれ異なる解釈を聴かせています。

本作の演奏には、コルトレーンを支える名手たちが参加しています。

テナー・サックス：ジョン・コルトレーン
ピアノ：マッコイ・タイナー
ベース：ジミー・ギャリソン
ドラム：エルヴィン・ジョーンズ

また、「イッツ・イージー・トゥ・リメンバー」には、ジミー・ギャリソンに加えてレジー・ワークマンがベースで参加しています。

2002年にリリースされたデラックス・エディションには、オリジナル収録曲に加え、「ゼイ・セイ・イッツ・ワンダフル」といった楽曲や、多くの別テイクがディスク2に収録されており、制作過程の一端を垣間見ることができます。

このアルバムは、コルトレーンの多様な音楽性を示す重要な作品であり、その叙情的で美しいテナーサックスの音色を通して、聴く者に深い感動を与え続けています。激しい「シーツ・オブ・サウンド」とはまた異なる、彼の温かい人間性が感じられる一枚と言えるでしょう。

（参考文献：原田和典『新・コルトレーンを聴け！』 ゴマブックス、2008年）

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