バリー・ギルバート

バリー・ギルバート（Barrie Gilbert, 1937年6月5日 - 2020年1月30日）は、英国生まれで後に米国を拠点に活躍した、傑出した発明家であり電子工学者です。

彼の最も顕著な功績の一つは、「トランスリニア原理（Translinear circuit）」の発見です。これは、トランジスタの持つ指数関数的な電流-電圧特性を利用して信号処理を行うアナログ回路設計の基本的な考え方であり、特に集積回路（IC）における複雑な非線形信号処理を効率的に実現する上で非常に重要です。ギルバート氏は、この原理に基づき、様々な革新的なアナログ回路概念を次々と提唱しました。特定の種類の回路要素は「ギルバートセル」と総称され、その名称は彼の功績に由来しています。

ギルバートセルの代表的な応用例として、周波数変換器の核心部をなすミキサ回路が挙げられます。このミキサは、現代のほとんどの無線通信機器に不可欠な要素であり、高周波信号の周波数を効率的かつ正確に変換するために広く使用されています。彼が開発に関わった技術は、携帯電話やWi-Fi機器など、私たちが日常的に利用する様々なワイヤレス技術の基盤となっています。1963年にハワード・ジョーンズによって同様の形態が同期検波器として先行して開発されていましたが、ギルバートは特に集積回路に適した形での設計や原理の体系化に貢献しました。

ギルバート氏のキャリアは、彼の技術への飽くなき探求心を示すものでした。1950年代に英国のミュラード社に勤務していた時期には、早くから半導体デバイスに強い関心を寄せ、最初期のトランジスタや後の第一世代プレーナICの開発に携わりました。サンプリングオシロスコープに関する先駆的な開発も行っています。

半導体技術への関心をさらに深めるため、彼は1964年に米国へ渡り、オレゴン州ビーバートンにあるテクトロニクス社に入社しました。テクトロニクスでは、初期の電子リードアウトシステムや様々な計測機器の開発を主導しました。1970年に英国に戻り、プレッシー社の研究所でグループリーダーを務めた際には、ホログラフィックメモリ、OCRシステム、そして通信用ICといった多岐にわたる分野の開発チームを率いるなど、活躍の場を広げました。

1972年から1977年にかけては、新たな非線形IC設計の実現を目指し、ビーバートンに拠点を置くアナログ・デバイセズ社との連携を深めました。その後、HF帯高周波ICやプロセス開発を追求するため、1977年に再び米国のテクトロニクス社へ移籍しています。

彼の卓越した技術力と独創性は、各社から高く評価されました。1979年、アナログ・デバイセズ社はギルバート氏を、同社史上初のフェローとして迎え入れることに成功しました。これは、彼がいかに特別な存在であったかを示しています。彼はオレゴンに独立した開発センターを立ち上げ、これが後にノースウエスト・ラボラトリーズへと発展していきます。ここで彼は、アナログ回路設計の最前線でさらなる革新を追求しました。

ギルバート氏の業績は、数多くの栄誉によって称えられています。1984年にはIEEEのライフ・フェローに選出されました。また、組み合わせ論理回路における先駆的な業績に対して1970年にIEEE優秀功績賞（Outstanding Achievement Award）を、後に1986年にはIEEE半導体回路協議会から優秀開発賞（Outstanding Development Award）を受賞しています。オレゴンでの研究活動中の1990年には、非線形アナログ信号処理回路への多大な貢献が認められ、1992年にIEEEソリッドステート回路賞（IEEE Donald O. Pederson Award in Solid-State Circuits）を受賞しました。さらに、IEEE半導体カンファレンスでは優秀論文賞を5度も獲得しており、その研究成果の質の高さを物語っています。オレゴン州立大学からは名誉博士号を授与され、2009年には米国の最も権威ある学術機関の一つである全米技術アカデミーの会員に選出されています。

バリー・ギルバート氏は、100件を超える特許を取得しており、その革新的なアイデアは現代のアナログ回路設計、特に無線通信分野に計り知れない影響を与えました。彼は2020年1月30日に亡くなりましたが、彼の残した功績は、今後も電子工学の発展を支え続けることでしょう。彼の訃報は、2020年2月4日付けのMicrowave Journal誌上でアナログ・デバイセズ社によって発表されました。

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