バロン (映画)
『バロン』（原題：The Adventures of Baron Munchausen）は、1988年に公開されたイギリス製作の冒険ファンタジー映画です。監督は独自の映像世界で知られるテリー・ギリアムが務め、主演はジョン・ネヴィル。実在の人物であるカール・フリードリヒ・ヒエロニムス・フォン・ミュンヒハウゼン男爵にまつわるドイツ民話『ほら吹き男爵の冒険』を原作とし、精巧なミニチュアワークや合成など、当時の最新技術を惜しみなく投入して映像化されました。
物語の舞台は18世紀後半、「理性の時代」と呼ばれた頃。ドイツのある都市がトルコ軍の苛烈な攻撃に晒されていました。合理主義者のホレィシオ・ジャクソン参謀長が指揮を執る中、廃墟となった劇場では、ヘンリー・ソルト一座による『ミュンヒハウゼン男爵の冒険』が上演されています。そこへ突如、自身こそが伝説のバロンであると名乗る一人の老人が乱入。彼は、今まさに繰り広げられている戦争の原因が自分にあると語り始め、その波乱に満ちた過去を回想します。
バロンの語る冒険譚は、エジプト旅行の帰途での出来事から始まります。サルタンとの間で、1時間以内にウィーンから特定のワインを取り寄せるという賭けに挑んだバロンは、驚異的な能力を持つ4人の家来たちの助けを借ります。俊足のバートホールド、遠距離射撃の達人アドルファス、巨大な肺活量の小人グスタヴァス、そして怪力の大男アルブレヒト。彼らの活躍により賭けに勝利したバロンは、サルタンとの約束通り、一人で持ち運べるだけの財宝を手に入れます。しかし、怪力無双のアルブレヒトが宝物庫の全ての財宝を持ち去ってしまったため、激怒したサルタンに命を狙われることになります。
老人が回想にふける最中、劇場にトルコ軍の砲弾が直撃し、彼は負傷します。一座の娘サリーに助けられたバロンは、彼女から物語の続きをせがまれます。しかし、再び始まった敵の砲撃に対し、バロンは奇策で反撃。臼砲の砲弾にしがみつき、敵の砲弾に乗り換えてサリーのもとへ帰還するという離れ業を見せます。一座の面々、特に砲撃に怯える女優から頼られたバロンは、町を救うことを宣言し、女性たちの下着を集めて巨大な熱気球を作り上げます。援軍を呼ぶため、熱気球で町から脱出したバロンでしたが、気球には密かにサリーも乗り込んでいました。二人は、かつての家来バートホールドがいるはずの月を目指します。
砂漠のような月の国に到着したバロンとサリーは、自身を「万物の王」と名乗る月の王と遭遇。頭と下品な体からなる月の王に翻弄されつつも、20年間幽閉され記憶を失っていたバートホールドを連れ出すことに成功します。バロンに心酔する月の女王、そしてバロンを倒そうとする王の体、さらに彼らを捕らえようとする王の頭からの猛烈な追跡を振り切り、一行は月からの脱出を果たします。月を脱出した彼らは、地球のエトナ火山の火口へ落下。あらゆる種類の武器を製造しているバルカンの歓迎を受け、そこでメイドとして働いていたアルブレヒトと再会します。しかし、バロンはバルカンの妻ヴィーナスとのダンスに夢中になり、町の危機を忘れてしまいます。さらにヴィーナスにキスしたことでバルカンを激怒させてしまい、一行はマグマの中に放り込まれ、そのまま地球の反対側へと飛ばされ海上に投げ出されます。
漂着した島と思いきや、それは巨大な魚であることが判明し、一行は丸ごと飲み込まれてしまいます。魚の腹の中、船の墓場と化した空間で、バロンは老いてしまったアドルファスとグスタヴァスに再会します。打ちひしがれたバロンは、彼らと共にカード遊びに興じますが、そこへバロンの愛馬ブケパロスが現れ、彼を勇気づけます。気力を取り戻したバロンは、持っていた嗅ぎタバコを撒き散らし、魚にくしゃみをさせて一行と共に脱出。ついに故郷の町への帰路につきます。
ようやく町へ帰り着いたバロンでしたが、冒険で疲れ果てた4人の家来たちの姿を見て心を痛めます。彼はトルコ軍に出頭し、自らの首を差し出すことで町の危機を終わらせようと決意します。バロンの首が刎ねられようとするその寸前、4人の家来たちが再びその驚異的な能力を発揮し、大暴れしてバロンを救い出し、同時にトルコ軍を完全に壊滅させます。バロン一行は町の英雄として歓喜の中迎え入れられますが、バロンを憎悪するジャクソン参謀長が建物の屋上からバロンを撃ち殺してしまいます。バロンの突然の死に、サリーたちは悲嘆にくれます。
しかし、この衝撃的な結末は、実はバロンが劇場で観客に向けて語っていた回想話の、その回想話の中の出来事であったことが明かされます。現実の劇場にジャクソンが現れ、バロンを捕らえようとしますが、バロンの話に勇気づけられた市民たちがバロンを庇います。そして、バロンに導かれるまま人々が町の外へ出ると、バロンの語った物語の通り、そこにトルコ軍の姿は既になかったのです。喝采を送る人々を背に、バロンは愛馬ブケパロスに跨がり、再び新たな旅へと出発するのでした。
本作の制作には様々な逸話があります。特に、月の王役には当初ショーン・コネリーが予定されていましたが、撮影の遅延によりロビン・ウィリアムズが起用されました。ウィリアムズはわずかな出演料で、匿名に近い「Ray D. Tutto」（イタリア語で「万物の王」の意）という名義でクレジットされています。彼の持ち味である即興的な演技はここでも存分に発揮され、バロンとのユーモラスなやり取りが生まれました。後にギリアム監督は『フィッシャー・キング』で再びウィリアムズを起用し、ウィリアムズはこの作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされています。
また、公開当時、「最も損失を出した映画」という噂が流れましたが、ギリアム監督はこれを否定しつつも、自身の作品を「失敗作の傑作」と称しています。サルタンの自作オペラ「Torturer's Apprentice」は、エリック・アイドルが詞を、マイケル・ケイメンが曲を手掛けたもので、『魔法使いの弟子』をもじったユニークなタイトルが付けられています。撮影現場では数々のトラブルが発生し、混乱を極めたとされ、当時9歳で出演したサラ・ポーリーは、長時間撮影や爆発、冷水での演技などを「恐怖だった」と振り返っています。
作品の評価としては、映画批評家からは概ね高い評価を得ています。Rotten Tomatoesでは91%の評論家が高評価をつけ、平均点も7.3点と高い数値を記録。「テリー・ギリアムらしい想像力豊かな演出が冴え渡り、錯乱しているであろう男爵が自らの人生を語る、この物語は派手でウィットに富んだ映像美が楽しめる作品である」と総評されています。Metacriticでも、15件の評論のうち12件が高評価、平均点は69点となっており、視覚的な創造性や独特のユーモアが高く評価されています。
『バロン』は、原作の持つ荒唐無稽なホラ話を、ギリアム監督の尽きることのないイマジネーションと当時の最先端技術で具現化した、まさに映像の魔術とも呼べる傑作ファンタジー映画です。その壮大なスケールと個性的な世界観は、公開から時を経ても色褪せることなく、多くの観客を魅了し続けています。
物語の舞台は18世紀後半、「理性の時代」と呼ばれた頃。ドイツのある都市がトルコ軍の苛烈な攻撃に晒されていました。合理主義者のホレィシオ・ジャクソン参謀長が指揮を執る中、廃墟となった劇場では、ヘンリー・ソルト一座による『ミュンヒハウゼン男爵の冒険』が上演されています。そこへ突如、自身こそが伝説のバロンであると名乗る一人の老人が乱入。彼は、今まさに繰り広げられている戦争の原因が自分にあると語り始め、その波乱に満ちた過去を回想します。
バロンの語る冒険譚は、エジプト旅行の帰途での出来事から始まります。サルタンとの間で、1時間以内にウィーンから特定のワインを取り寄せるという賭けに挑んだバロンは、驚異的な能力を持つ4人の家来たちの助けを借ります。俊足のバートホールド、遠距離射撃の達人アドルファス、巨大な肺活量の小人グスタヴァス、そして怪力の大男アルブレヒト。彼らの活躍により賭けに勝利したバロンは、サルタンとの約束通り、一人で持ち運べるだけの財宝を手に入れます。しかし、怪力無双のアルブレヒトが宝物庫の全ての財宝を持ち去ってしまったため、激怒したサルタンに命を狙われることになります。
老人が回想にふける最中、劇場にトルコ軍の砲弾が直撃し、彼は負傷します。一座の娘サリーに助けられたバロンは、彼女から物語の続きをせがまれます。しかし、再び始まった敵の砲撃に対し、バロンは奇策で反撃。臼砲の砲弾にしがみつき、敵の砲弾に乗り換えてサリーのもとへ帰還するという離れ業を見せます。一座の面々、特に砲撃に怯える女優から頼られたバロンは、町を救うことを宣言し、女性たちの下着を集めて巨大な熱気球を作り上げます。援軍を呼ぶため、熱気球で町から脱出したバロンでしたが、気球には密かにサリーも乗り込んでいました。二人は、かつての家来バートホールドがいるはずの月を目指します。
砂漠のような月の国に到着したバロンとサリーは、自身を「万物の王」と名乗る月の王と遭遇。頭と下品な体からなる月の王に翻弄されつつも、20年間幽閉され記憶を失っていたバートホールドを連れ出すことに成功します。バロンに心酔する月の女王、そしてバロンを倒そうとする王の体、さらに彼らを捕らえようとする王の頭からの猛烈な追跡を振り切り、一行は月からの脱出を果たします。月を脱出した彼らは、地球のエトナ火山の火口へ落下。あらゆる種類の武器を製造しているバルカンの歓迎を受け、そこでメイドとして働いていたアルブレヒトと再会します。しかし、バロンはバルカンの妻ヴィーナスとのダンスに夢中になり、町の危機を忘れてしまいます。さらにヴィーナスにキスしたことでバルカンを激怒させてしまい、一行はマグマの中に放り込まれ、そのまま地球の反対側へと飛ばされ海上に投げ出されます。
漂着した島と思いきや、それは巨大な魚であることが判明し、一行は丸ごと飲み込まれてしまいます。魚の腹の中、船の墓場と化した空間で、バロンは老いてしまったアドルファスとグスタヴァスに再会します。打ちひしがれたバロンは、彼らと共にカード遊びに興じますが、そこへバロンの愛馬ブケパロスが現れ、彼を勇気づけます。気力を取り戻したバロンは、持っていた嗅ぎタバコを撒き散らし、魚にくしゃみをさせて一行と共に脱出。ついに故郷の町への帰路につきます。
ようやく町へ帰り着いたバロンでしたが、冒険で疲れ果てた4人の家来たちの姿を見て心を痛めます。彼はトルコ軍に出頭し、自らの首を差し出すことで町の危機を終わらせようと決意します。バロンの首が刎ねられようとするその寸前、4人の家来たちが再びその驚異的な能力を発揮し、大暴れしてバロンを救い出し、同時にトルコ軍を完全に壊滅させます。バロン一行は町の英雄として歓喜の中迎え入れられますが、バロンを憎悪するジャクソン参謀長が建物の屋上からバロンを撃ち殺してしまいます。バロンの突然の死に、サリーたちは悲嘆にくれます。
しかし、この衝撃的な結末は、実はバロンが劇場で観客に向けて語っていた回想話の、その回想話の中の出来事であったことが明かされます。現実の劇場にジャクソンが現れ、バロンを捕らえようとしますが、バロンの話に勇気づけられた市民たちがバロンを庇います。そして、バロンに導かれるまま人々が町の外へ出ると、バロンの語った物語の通り、そこにトルコ軍の姿は既になかったのです。喝采を送る人々を背に、バロンは愛馬ブケパロスに跨がり、再び新たな旅へと出発するのでした。
本作の制作には様々な逸話があります。特に、月の王役には当初ショーン・コネリーが予定されていましたが、撮影の遅延によりロビン・ウィリアムズが起用されました。ウィリアムズはわずかな出演料で、匿名に近い「Ray D. Tutto」（イタリア語で「万物の王」の意）という名義でクレジットされています。彼の持ち味である即興的な演技はここでも存分に発揮され、バロンとのユーモラスなやり取りが生まれました。後にギリアム監督は『フィッシャー・キング』で再びウィリアムズを起用し、ウィリアムズはこの作品でアカデミー主演男優賞にノミネートされています。
また、公開当時、「最も損失を出した映画」という噂が流れましたが、ギリアム監督はこれを否定しつつも、自身の作品を「失敗作の傑作」と称しています。サルタンの自作オペラ「Torturer's Apprentice」は、エリック・アイドルが詞を、マイケル・ケイメンが曲を手掛けたもので、『魔法使いの弟子』をもじったユニークなタイトルが付けられています。撮影現場では数々のトラブルが発生し、混乱を極めたとされ、当時9歳で出演したサラ・ポーリーは、長時間撮影や爆発、冷水での演技などを「恐怖だった」と振り返っています。
作品の評価としては、映画批評家からは概ね高い評価を得ています。Rotten Tomatoesでは91%の評論家が高評価をつけ、平均点も7.3点と高い数値を記録。「テリー・ギリアムらしい想像力豊かな演出が冴え渡り、錯乱しているであろう男爵が自らの人生を語る、この物語は派手でウィットに富んだ映像美が楽しめる作品である」と総評されています。Metacriticでも、15件の評論のうち12件が高評価、平均点は69点となっており、視覚的な創造性や独特のユーモアが高く評価されています。
『バロン』は、原作の持つ荒唐無稽なホラ話を、ギリアム監督の尽きることのないイマジネーションと当時の最先端技術で具現化した、まさに映像の魔術とも呼べる傑作ファンタジー映画です。その壮大なスケールと個性的な世界観は、公開から時を経ても色褪せることなく、多くの観客を魅了し続けています。
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