バースィル・アサド

バーシル・アサド：シリアを揺るがした若き星の軌跡と謎の死

1962年3月23日、シリアでバースィル・アサドが誕生しました。彼は、後にシリア・アラブ共和国大統領となるハーフィズ・アル＝アサドの長男であり、現在のシリア大統領であるバッシャール・アル＝アサドの兄にあたります。エンジニアとしての経歴を持ち、軍事の分野でも高い知見を有する彼は、土木技師としての経験と軍事学博士号を取得。シリア陸軍特殊部隊に所属し、ソ連軍事アカデミーでの訓練も経て、めざましい昇進で少佐にまで上り詰めた人物です。

華々しい経歴と後継者への道

バースィルは、シリア陸軍での輝かしい経歴に加え、馬術競技にも才能を発揮しました。1987年には、障害飛越競技で活躍し、シリア・バアス党機関紙から「黄金の騎士」と称えられるほどでした。そのカリスマ性と指導力から、友人の間では絶大な人気を誇っていました。

1984年、ハーフィズ大統領が重病を患ったことをきっかけに、バースィルの政治的な立場は大きく変化しました。当初は、ハーフィズ大統領の叔父であるリファアト・アル＝アサドが後継者と目されていましたが、リファアトがクーデター未遂を起こして国外追放となったことで、バースィルが後継者として浮上したのです。

その後、バースィルは、大統領保安室長に任命されるなど、急速に政治の中枢に近づいていきました。1989年には、シリア・コンピュータ・ソサエティ設立にも関わり、弟のバッシャールが後に会長に就任するなど、弟の政治進出にも影響を与えました。

ハーフィズ大統領は、バースィルを後継者として確固たるものにするため、様々な努力を重ねました。アラブ諸国やヨーロッパの政治指導者との会談をセッティングするなど、国際的な人脈構築を支援。また、1991年の大統領選でハーフィズが再選を果たした際には、新聞報道などで「アブー・バースィル（バースィルの父）」と呼ばれ、バースィルの存在感を際立たせました。さらに、バースィルはレバノンの問題にも積極的に関与し、政府内部の汚職一掃にも取り組むなど、政治家としての経験を積んでいきました。

謎めいた私生活と突然の死

バースィルは、フランス語とロシア語に堪能だったと伝えられています。しかし、彼の私生活については謎も多く、アメリカ合衆国務省の外交文書から流出した情報によれば、レバノン人女性シハム・アセイリーとの親密な関係があったとされています。

1994年1月21日、バースィルはダマスカス国際空港へ向かう途中、交通事故により急死しました。霧の濃い早朝、メルセデス・ベンツを運転中にラウンドアバウトに衝突したとのことです。シートベルトを着用していなかったために即死という、悲劇的な最期でした。

彼の死は、シリア社会に大きな衝撃を与えました。商店や学校、政府機関が3日間閉鎖されるなど、国を挙げての喪に服す状況となりました。バースィルは、「国と国家の殉教者」「若者のシンボル」として、国によって称えられました。彼の名は、多くの通りや広場、施設の名前に刻まれ、現在でも彼の銅像は各地で見ることができます。

死後の影響とバッシャールの台頭

バースィルの死により、後継者候補として弟のバッシャールが注目されるようになりました。当時ロンドンで眼科医として研鑽を積んでいたバッシャールは、2000年に大統領に就任。ハーフィズ大統領の死後、「バースィルは模範、バッシャールは未来」というスローガンが用いられるなど、バースィルの存在がバッシャールの権力継承に重要な役割を果たしたといわれています。

バースィル・アサドの短い生涯は、多くの謎を残しつつも、シリアの歴史に大きな足跡を残しました。若くして多くの実績を上げながらも、突然の死によってその生涯を閉じた彼の運命は、現在もなお人々の関心を惹きつけてやみません。彼の死の真相、そしてその後のシリア政治への影響は、これからも研究、議論が続けられることでしょう。

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