バートン・L・マック

バートン・L・マック (1931年 - 2022年) は、アメリカを代表する新約聖書学者の一人です。ロサンゼルスの長老派牧師の家庭に生まれ、ゲッティンゲン大学で博士号を取得後、クレアモント神学校で長年教鞭を執りました。

彼の研究は、新約聖書の成立過程とイエスの歴史像を再検討することに焦点を当てています。特に注目すべきは、福音書成立以前のイエスの教えを記録したとされる「Q資料」に関する研究です。マックは、従来の新約聖書研究とは一線を画す独自の解釈を提示しました。

代表的な著作である『失われた福音書 - Q資料と新しいイエス像』において、彼はQ資料を、時代や状況に応じて異なる層から構成されていると主張しました。具体的には、初期の犬儒主義的な教えをまとめたQ1、共同体の正当性を主張するQ2、そしてユダヤ戦争後の混乱期に付け加えられたQ3という三層構造です。この分類は、他の研究者の知見も踏まえた上で、マック独自の分析に基づいています。

このQ資料の分析を通して、マックは初期キリスト教共同体の姿を明らかにしようと試みました。彼は、イエス・キリストの教えが、後のキリスト教とは異なる独自の文脈の中で理解され、実践されていたと主張します。つまり、伝統的なキリスト教におけるイエス像とは異なる、より人間的なイエスの姿を提示しようとしたのです。

続く『誰が新約聖書を書いたのか』では、『失われた福音書』で提示されたQ資料の研究をさらに発展させ、新約聖書の成立過程を詳細にたどっています。Q資料の会衆、エルサレムの指導者たち、初期キリスト教の様々な派閥、パウロの手紙、そして福音書や使徒行伝といった主要な文書の成立過程を丁寧に解説し、それぞれの文書がどのような歴史的背景の中で書かれたのかを明らかにしようとしています。

マックの著作において、イエスは奇跡を行う超自然的な存在というよりも、むしろ犬儒派的な教えを説いた教師として描かれています。しかし、彼の具体的な生涯や行動については、歴史的資料の不足から断定的に述べることは避けられています。奇跡物語や十字架刑、復活といった物語は、初期キリスト教共同体における神話創造のプロセスの中で生み出されたものと解釈されています。つまり、これらの物語は歴史的事実を正確に反映したものではなく、信仰共同体の中で形成された物語であると捉えられています。

マックの研究は、新約聖書研究に新たな視点をもたらしました。彼の著作は、従来の解釈に疑問を投げかけ、より歴史的・批判的なアプローチによる新約聖書理解を促進しました。イエスの生涯や初期キリスト教の成立過程を、神話や伝説といった要素を考慮した上で再解釈することで、従来とは異なるイエス像、そして初期キリスト教の姿を示唆しています。彼の学問的貢献は、現代の新約聖書研究に多大な影響を与え続けています。これらの研究は、新約聖書をより深く理解するための重要な手がかりを提供し、歴史的な視点からのキリスト教理解を促進するものです。彼の著作は、神学研究者だけでなく、一般の読者にとっても、新約聖書への理解を深める上で大きな価値を持つでしょう。

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