Q資料

Q資料：マタイとルカ福音書の謎を解く鍵？

新約聖書における『マタイによる福音書』と『ルカによる[[福音書]]』には、共通するイエスの言葉が多く存在します。この共通部分の起源を説明する仮説として提唱されているのが、「Q資料」です。Q資料とは、マタイとルカの福音書執筆時に参照されたと考えられる、仮説上のイエスの言葉の資料です。 Qとはドイツ語の『Quelle（クヴェレ）＝出典』の頭文字に由来します。

Q資料の仮説：その誕生と発展

19世紀以降、ドイツ語圏を中心とした聖書学者による歴史的批判的研究が盛んになり、マタイとルカ福音書の共通点に着目するようになりました。単なる偶然の一致ではなく、共通の資料が存在するという見解が有力視されるようになったのです。マルコ福音書にはない、マタイとルカ両方に共通するイエスの言葉の存在が確認され、これがQ資料の存在を示唆する重要な証拠となりました。

Q資料仮説の端緒は、イギリスのハーバート・マーシュによる1801年の論文に遡ります。彼はマタイ、マルコ、ルカの共通点を指摘し、共通資料の存在を仮定しましたが、当時ほとんど注目されませんでした。その後、ドイツのフリードリヒ・シュライエルマッハーが、古代の著述家パピアスの記述を元に、イエス語録の存在を推測し、Q資料の存在を示唆する重要なステップとなりました。

1838年にはヴァイセが「二資料仮説」を提唱します。これは、まずマルコ福音書が書かれ、その後、マルコ福音書とQ資料を基にマタイとルカが書かれたというものです。この仮説をハインリヒ・ホルツマンが発展させ、Q資料は「ラムダ資料」と呼ばれていました。その後、パピアスの記述の解釈の見直しに伴い、より中立的な「Q資料」という呼び名が定着しました。

20世紀初頭にはQ資料の内容に関する様々な説が登場しましたが、多様性ゆえに逆にQ資料仮説そのものの信頼性が揺らぎ、聖書学界での注目は一時的に低下しました。しかし、1960年代に発見されたナグ・ハマディ写本に含まれる『トマスによる福音書』が、新たな議論を巻き起こしました。ジェイムズ・ロビンソンやヘルムート・コエスターらは、この福音書がQ資料に近いものであると主張したのです。ジョン・クロペンボルグはQ資料が三段階で成立したという説を唱え、再びQ資料仮説への関心が集まりました。

Q資料仮説をめぐる論争：肯定と否定の両面

Q資料の存在は、マルコ福音書にはなく、マタイとルカに共通して現れる記述（二重伝承）を分析することで推定されています。マタイとルカが互いに参照した形跡がないこと、そしてイエスの言葉の部分で共通性が高いことから、共通の語録資料、つまりQ資料が存在したと考えるのが合理的と主張する学者もいます。言葉遣いの一致や、山上の説教、二重語の存在などがその根拠として挙げられます。

しかし、Q資料の存在を否定する学者もいます。彼らは、マタイとルカがマルコ福音書を基に書き、互いの存在を知っていた可能性を指摘しています。また、「小一致」と呼ばれる、マタイとルカがマルコとは微妙に異なる表現で共通する箇所も、Q資料以外の共通資料の存在を示唆すると主張します。さらに、Q資料そのものが発見されていないこと、初代教会の文献にQ資料に関する言及がないことなども、否定派の論拠となっています。

他にも、マタイ福音書が最初に書かれ、その後ルカ、マルコが書かれたとする「グリースバッハ仮説」や、伝統的なマタイ、マルコ、ルカの順序説なども存在し、Q資料仮説をめぐる議論は多様で、複雑です。

カトリック教会の立場

近代聖書批判研究は、当初プロテスタントが中心に進められ、カトリック教会は保守的な立場をとっていました。しかし、20世紀に入ると、カトリック教会も批判的聖書研究の成果を取り入れるようになり、Q資料仮説についても積極的に議論されるようになりました。

二資料仮説

Q資料の存在を前提とする二資料仮説は、共観福音書の成立過程を最も簡潔に説明できる有力な説として広く受け入れられています。この仮説では、まずマルコ福音書が書かれ、その後、マルコ福音書とQ資料を基にマタイとルカが書かれたとされます。ただし、マタイとルカはそれぞれの独自資料も使用したと考えられています。

Q資料：結論

Q資料の存在は、聖書研究における重要な論点であり、現在も活発な議論が続いています。Q資料そのものの実体は未だ発見されていませんが、その存在を肯定する根拠と否定する根拠が提示され、複雑で多様な解釈が存在します。今後も、新たな発見や研究成果によって、Q資料に関する理解はさらに深まっていくでしょう。

もう一度検索