パシフィック231 (オネゲル)

パシフィック231

アルテュール・オネゲルが1923年に作曲した『パシフィック231』は、単一楽章からなる管弦楽曲です。指揮者のエルネスト・アンセルメに献呈されたこの作品は、オネゲルの名を世界に知らしめた代表作の一つであり、その革新的な音楽表現で広く認識されています。

タイトルに込められた意味

作品のタイトルである『パシフィック231』は、蒸気機関車の車軸配置を指し示しています。この「231」という数字は、フランス式の表記法で、機関車の先輪が2軸（車輪4つ）、動輪が3軸（車輪6つ）、後軸が1軸（車輪2つ）で構成されていることを意味します。アメリカ式の表記ではこれを「4-6-2」と表し、俗称として「パシフィック」という呼称が与えられています。したがって、「パシフィック」も「231」も同じ車軸配置を表す言葉であり、「231」は「にひゃくさんじゅういち」ではなく、「に・さん・いち」と数字を区切って読むのが正しいとされています。オネゲルがなぜ同義の言葉を重ねてタイトルとしたのかは定かではありませんが、そのユニークさが曲への関心を引く一因となっています。

このタイトルから、特定の形式や製造会社の蒸気機関車を想像する人もいますが、それは誤りです。世界各地で様々な形式の蒸気機関車がこの「231（4-6-2）」の車軸配置を採用していたため、題名だけで特定の機関車を特定することはできません。演奏会プログラムなどで「パシフィック社製の231型」といった解説が掲載されることがありますが、これは事実に反する記述です。

なお、楽譜の出版元であるサラベール社のスコアでは、タイトルが「PACIFIC ( 231 ) Mouvement Symphonique」と、「231」が括弧書きで記されています。しかし、一般的には『パシフィック231』のように繋げて表記されることがほとんどです。

作曲の背景と作曲家の意図

オネゲルは生涯を通じて鉄道、特に蒸気機関車を深く愛していました。彼は「私は常に蒸気機関車を熱愛してきた。私にとって機関車は生き物なのであり、他人が女や馬を愛するように、私は機関車を愛するのだ」と語っており、その情熱がこの作品に結びついたと考えられます。

スコアには、「300トンもの重量を持つ蒸気機関車がゆっくりと動き出し、加速して全速力となり、そして停車する様子を描写している」という解説が付されています。しかし、オネゲル自身は、この作品を単なる描写音楽として捉えられることを好まず、その解釈を否定しました。彼は当初、この曲を『交響的断章』というタイトルで作曲していましたが、完成後に「ロマンチックな考えが頭に浮かんだ」ため、象徴的なタイトルとして『パシフィック231』を付与したと述べています。

この『交響的断章』は、オネゲルが作曲した3つの同名作品の第1番にあたります。第2番はラグビーの試合を描写した『ラグビー』（1928年）、第3番はヴィルヘルム・フルトヴェングラーに献呈された無題の作品（1933年）です。

音楽的な特徴と構成

オネゲルはこの曲の構成について「一種のコラール変奏曲の形式」であると語っています。

曲はまず、遅いテンポ（Modéré）で書かれた11小節の短い序奏で幕を開けます。弦楽器のハーモニクスやトレモロ、シンバルのロールなどが作り出す静かで持続的な響きの中から、テューバの印象的な上行音形が提示され、主部へと自然に繋がっていきます。

主部（Rythmique）に入ると、テンポが上がり、機関車が動き出したかのような躍動的なリズムが始まります。この作品の最も巧妙かつ特徴的な仕掛けは、聴覚的な「加速感」の表現方法です。楽譜上のテンポ指定は、二分音符＝80で始まった後、段階的に遅くなっていきます。しかし、それと同時に、楽譜に書かれているリズムの刻みが次第に細かくなっていくため、全体として音楽が猛烈な速度で加速していくような印象を聴き手に与えます。オネゲルはこの効果を意図的に設計しており、楽譜には一般的な速度変化を示す指示語（例えば ritardandoやaccelerandoなど）は一切使用されていません。これは、楽譜の見た目と聴覚的な印象の間に意図的なギャップを作り出すことで、機関車の推進力を表現しようとしたオネゲルの独創的な技法と言えます。

初演と楽器編成

『パシフィック231』は、1924年5月8日にパリ・オペラ座にて初演されました。指揮はセルゲイ・クーセヴィツキーが務め、パリ・オペラ座管弦楽団が演奏しました。

楽器編成は、標準的な3管編成を基本としていますが、打楽器の中にティンパニが含まれていない点が特徴的です。使用される楽器は以下の通りです：ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、コーラングレ1、クラリネット（B♭管）2、バスクラリネット1、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット（C管）3、トロンボーン3、テューバ1、テナードラム（Caisse roulante）、サスペンデッド・シンバル、バスドラム、銅鑼、そして弦五部（ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）です。

映像化と編曲の試み

この作品の持つ力強いイメージは、様々なメディアで再解釈される機会を得ました。1931年にはソビエトアニメーションのパイオニア、ミハイル・ツェハノフスキーが、1949年にはフランスの映画監督ジャン・ミトリが、それぞれこの楽曲にインスパイアされた短編映画を制作しています。また、日本のシンセサイザー奏者である冨田勲は、自身のアルバム『宇宙幻想』の中で、この『パシフィック231』のシンセサイザー編曲版を発表し、新たな音響空間での表現を試みました。これらの試みは、音楽が持つ視覚的、あるいは電子的な可能性を示唆しています。

もう一度検索