パッサカリア (ゴドフスキー)

パッサカリア（ゴドフスキー）

「パッサカリア」（正式名称：Passacaglia - 44 variations, cadenza and fugue on the opening of Schubert's 'Unfinished' Symphony）は、ポーランド出身の作曲家・ピアニスト、レオポルド・ゴドフスキーが作曲したピアノ独奏曲です。1927年、ニューヨークで作曲が進められ、同年10月21日に完成しました。この作品は、フランツ・シューベルトの没後100周年を記念して書かれました。

ゴドフスキーは、その比類なきピアノ書法と独自の作曲技法で知られており、この「パッサカリア」にも彼の個性が色濃く反映されています。特に顕著なのは、極めて緻密に構築された対位法、複数の独立した声部が複雑に絡み合う多声的な書法、そして豊かな色彩感をもたらす半音階的書法です。これらの要素が組み合わさることで、作品全体に高い密度と深みのある響きを与えています。

作品の形式

この「パッサカリア」は、フランツ・シューベルトの「未完成交響曲」第1楽章冒頭の印象的な8小節の主題に基づいて作曲されています。楽曲は、主題提示に続いて44の変奏が展開され、さらにエピローグ、技巧的なカデンツァ、そして精巧な4声のフーガへと続きます。作品名の「44の変奏」という数字は付けられていますが、楽譜上には変奏の区切りが明確に示されていない箇所もあり、また小節が圧縮されている部分もあるため、その構造を詳細に分析するのは容易ではありません。ゴドフスキー自身も楽譜の序文で、この作品のアナリーゼの重要性を説いています。

フーガは、主題に基づく複雑な対位法が展開された後、クライマックスに向けて盛り上がります。終結部近くでは、原曲であるシューベルトの交響曲の第1楽章冒頭主題の伴奏音形が、フーガの主題と融合しながら進行し、壮大な締めくくりを迎えます。

受容と演奏の難易度

ゴドフスキーの「パッサカリア」は、その極めて高い演奏難易度ゆえに、しばしば伝説的な作品として語られます。特に有名なエピソードは、20世紀を代表する巨匠ピアニスト、ヴラジーミル・ホロヴィッツに関するものです。ホロヴィッツはこの曲の演奏に挑戦した際、その技巧的な要求があまりに高すぎるため、「この曲を弾くには手が6本必要だ。2本では全く足りない」と述べたと伝えられています。この発言は、作品の超絶的な難しさを象徴するものとして広く知られ、「パッサカリア」が「悪名高い」難曲として認識される一因となりました。

一方で、ゴドフスキーと親交があり、彼自身の演奏を聴く機会が多かったピアニスト・作曲家のエイブラハム・チェイシンズは、異なる視点からの証言を残しています。チェイシンズは、ゴドフスキーが自宅で行った集会で作曲者自身が弾く「パッサカリア」を聴き、その演奏と作品自体について次のように述べています。「この作品も、そしてゴドフスキーのピアノを操る手捌きも、まさに魔法のように素晴らしい逸品だった。まるで涼しげで色彩豊かなステンドグラスの窓を眺めているような感覚を覚えたよ。あの時、私は深く感動したが、ゴドフスキーはあくまでさりげなく演奏していたので、改めて彼のピアニストとしての天才性を意識することはなかった。」この証言は、単なる難曲としてだけでなく、ゴドフスキー本人の手によって表現されるこの作品の持つ芸術的な美しさや奥行きを示唆しています。

現在までにこの作品を演奏・録音しているピアニストは限られていますが、特に高い評価を受けている演奏家として、マルカンドレ・アムランやコンスタンティン・シチェルバコフなどが挙げられます。

楽譜の出版

この作品の楽譜は、現在カール・フィッシャー社が版権を管理しています。ゴドフスキーの主要なピアノ作品を集めた楽譜集「The Godowsky Collection, Vol. 1: Original Compositions for Piano Solo」の中に収録されています。

ゴドフスキーの「パッサカリア」は、シューベルトへのオマージュでありつつ、ゴドフスキー自身の極限的なピアノ技法と独創的な作曲語法が凝縮された、ピアノ文学における重要な位置を占める作品と言えるでしょう。

もう一度検索