パンドラ (人形)

パンドラ：17-18世紀のファッション伝達人形

パンドラ（pandore）とは、17世紀後半から18世紀後半にかけて、パリの最新モードをヨーロッパ各地に伝えるために制作された、等身大および小型のファッション人形のことです。これらの人形は、当時のファッション・ジャーナリズムの先駆けとも言える存在でした。

パンドラの誕生と役割

14世紀のフランスでは既に、小さな蝋人形に最新のファッションを着せてヴェネツィアに送る試みが行われていました。これがファッション・ジャーナリズムの始まりとされています。17世紀後半、ルイ14世の時代になると、ファッションの中心地はオランダからフランスへと移り、フランスのファッション情報を伝えるメディアとしてパンドラが制作されるようになりました。

これらのモード人形は、ギリシャ神話で「開けてはならない箱」を開けたことで世界に災厄が広がったという「パンドラの箱」のエピソードになぞらえ、「パンドラ」と呼ばれるようになりました。この名前は、パンドラが新しいファッションを各地へ広める役割を担っていたことを示唆しています。

大パンドラと小パンドラ

パンドラには、盛装をまとった等身大の「大パンドラ」(grande pandore) と、略装（ネグリジェや旅行着、室内着など）をまとった小型の「小パンドラ」(petite pandore) の2種類がありました。小パンドラのプロポーションは、大パンドラのそれに準じて作られており、どちらも白革が胴体や四肢に使用され、衣服をピンで留めて調整できるように工夫されていました。

パンドラに着せる衣装は、下着に至るまでその季節の最新モードに忠実に仕立てられ、当時のパリのファッションを正確に伝える役割を果たしました。

パンドラの制作と流通

パンドラは、現在も高級ブティック街として知られるフォーブール＝サントノレ通りで、一流の人形作家たちによって制作されました。サロンの花形だった女流作家マドレーヌ・ド・スキュデリーも、そのプロデュースに関わったとされています。完成したパンドラは、毎月ロンドンへ送られ、そこからヨーロッパ各地、さらにはロシアにまで届けられました。

注目すべきは、パンドラが戦争中であっても特別に通行手形が与えられ、その旅程が妨げられることはなかったということです。例えば、スペイン継承戦争中であっても、パンドラは無事に目的地へと送られました。さらに1750年頃からはアメリカにも送られ、多くの女性たちの注目を集めました。

遠く離れた地に住む人々も、パンドラを通じて、めまぐるしく変化するパリの最新モードに触れることができました。パンドラは、まさにファッションの国際的な伝達手段としての役割を果たしていたと言えるでしょう。

パンドラの終焉

1770年代になると、本格的なファッション雑誌や流行年鑑が発達し始め、伝達範囲の面でパンドラは徐々にその役割を終えていきました。19世紀初期には、メディアとしての使命を終え、姿を消していきました。

各地に送られたパンドラは、そのモードの時期が終わると針子たちに下げ渡され、多くは現存していません。そのため、現在ではパンドラの現存数は非常に少なくなっています。

パンドラが示すもの

パンドラは、単なるファッション人形としてだけでなく、17世紀から18世紀にかけてのファッション文化、情報伝達の歴史、そして当時の社会における女性の役割を研究する上で重要な資料と言えるでしょう。

現存するパンドラは少ないながらも、その存在は当時のパリのモードがいかに影響力を持っていたか、そして情報伝達の手段がどのように変化していったのかを物語っています。

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