ヒューキとビル

北欧神話におけるヒューキとビル：月の子供たちの謎

北欧神話において、ヒューキとビルは、月の擬人化であるマーニに仕える兄妹として登場します。彼らは、『スノッリのエッダ』という13世紀の文献にのみ記述されており、その存在や役割については、多くの謎に包まれています。

スノッリのエッダにおける記述

『スノッリのエッダ』では、ヒューキとビルは、ヴィズフィンルを父とする子供たちとして紹介されています。彼らは、ビュルギルという泉から現れ、セーグという桶をシームルという天秤棒で運んでいる姿で、マーニによって天上に連れ去られました。地上からも見える彼らの姿は、月の運行と密接に関わっていることを示唆しています。

ヒューキに関する記述はこれ以外にありませんが、ビルについては、女神の一覧の中に記されており、太陽神ソールと共に言及されています。このことは、ビルが月のみに関連する存在ではない可能性を示唆しています。

ヒューキとビルの解釈：諸説

ヒューキとビルは、『スノッリのエッダ』以外に文献に現れないことから、その重要性が低い、もしくはスノッリによる創作である可能性も指摘されてきました。しかし、彼らの存在を説明しようとする様々な解釈が提案されています。

月の満ち欠けまたはクレーターの象徴: 一部の研究者は、ヒューキとビルを、月の満ち欠けやクレーターといった月の特徴の象徴であると解釈しています。ヤーコプ・グリムは、月の満ち欠けではなく、月のクレーターを表している可能性を指摘しました。
民間伝承との関連: ヒューキとビルは、ゲルマン系のヨーロッパの民間伝承に類似した物語と関連づけられる可能性があります。特に、月の男が罰として月に飛ばされるという物語は、興味深い類似点を示しています。この物語では、天秤棒と桶が斧ととげのある枝に置き換えられていますが、窃盗という根本的な要素は共通しています。
「ジャックとジル」との関連: アイスランドの散文エッダのヒューキとビルと、イギリスの童謡「ジャックとジル」の物語の間には、いくつかの類似点が指摘されています。どちらも男女二人の子供が手桶に水を汲みに行くという点や、名前の音声学上の類似性が、両者の関連性を示唆する根拠として挙げられています。

ビルヴィス：関連する民間伝承

ビルという名と関連する存在として、ゲルマン系の民間伝承に登場する「ビルヴィス」が挙げられます。ビルヴィスは、当初は超常的な力を持つ存在と見なされていましたが、中世になると魔女や悪魔と同一視されるようになりました。さらに、穀物の精と見なされるなど、様々な側面を持つ多様な存在でした。ビルヴィスは、農耕社会における自然現象や不安を象徴する存在として、民間伝承の中に息づいていたと考えられます。

まとめ

ヒューキとビルは、北欧神話の中でも特に謎に包まれた存在です。彼らの存在は、月の運行やゲルマン系の民間伝承、さらには「ジャックとジル」といった童謡にも関連づけられ、多様な解釈が可能です。彼らの真の姿や役割を解明することは、北欧神話理解の一助となるだけでなく、ヨーロッパの民間伝承や文化史を理解する上で重要な課題と言えるでしょう。今後の研究によって、さらに多くの知見が得られることが期待されます。

参考文献

V.G.ネッケル他編『エッダ　古代北欧歌謡集』谷口幸男訳、新潮社、1973年。
* 菅原邦城『北欧神話』東京書籍、1984年。

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