ヒルティ

ヒルティ（Hilti AG）は、リヒテンシュタイン公国のシャーン市に本社を置く、建設業向けの専門工具や関連材料の開発、製造、販売を手掛ける国際的な企業です。

概要

世界全体で120カ国以上に事業拠点を持ち、ヨーロッパを代表する多国籍企業の一つとして知られています。2024年の売上は1兆円を超え、3万人以上の従業員が世界中で活動しています。特に建設現場で不可欠なドリル、ブレーカー、鋲打機、あと施工アンカー、チャネル材といった製品群に強みを持っています。同社は自らを「トータルファスニングメーカー」と位置づけ、建築現場の全工程に対応する取り付け関連の材料と工具を、専任の営業担当者が顧客の現場を訪れ、最適なソリューションとして直接提案するビジネスモデルを展開しています。

ヒルティは「高価格戦略」を基本としていますが、これは単に価格が高いのではなく、革新的な機能や優れた性能に加え、作業者の疲労軽減に配慮した設計、洗練されたデザイン、さらには盗難防止装置（一部地域・製品を除く）といった、数値では表しにくい付加価値を重視しているためです。近年では、製品の提供にとどまらず、専門的なコンサルティング、保証期間の延長サービス、代替機付きのリース契約といったサービス分野への取り組みも高く評価されています。

特にヨーロッパ市場では非常に高いシェアを誇ります。日本においては、市場全体でのシェアは限定的であるものの、特定の建設現場ではハンマードリルや鋲打機を指して「ヒルティ」と呼ぶなど、製品名が一般名称化するほどの認知度を持っています。また、日本国内で広く普及している内部コーン式打ち込みアンカーはヒルティが発祥とされており、「ヒルティアンカー」と呼ばれることもあります。特に火薬式鋲打機においては、国内市場で圧倒的なシェアを占めています。

経営方針としては、大規模な敵対的買収を行わず、従業員の待遇と尊重を優先する姿勢を明確にしています。2011年には「働きがいのあるグローバル企業」のランキングで世界のトップ15に選ばれており、これは米国企業を除くと第2位という高評価でした。コーポレートカラーは赤で、製品デザインにも赤と黒が基調として用いられています。コーポレートステートメントは「Making Construction Better（建設業をより良く）」です。

沿革

ヒルティは創業者のマルティン・ヒルティ（Martin Hilti）とオイゲン・ヒルティ（Eugen Hilti）兄弟の名前を冠しています。工学博士であったマルティン・ヒルティが、兄や数人の友人と共に1941年に工具製造会社Maschinenbau Hilti OHGを設立したのが始まりです。1960年にHilti Corporationと改称し、現在に至ります。創業者の息子であるミヒャエル・ヒルティ（Michael Hilti）が取締役会会長を務め、イタリア系スイス人のピウス・バスケラ（Pius Baschera）が社長兼CEOを務めています。

本社がリヒテンシュタインにあることについては、タックス・ヘイブンとの関連を指摘されることがありますが、ヒルティ家は17世紀以前からこの地に居住しており、歴史的な背景によるものと説明されています。

ヒルティは現在、株式を公開していません。これは、短期的な市場の動向に左右されず、長期的な視点で一貫した経営戦略を維持することを目的としています。かつては上場していましたが、1980年代に創業家による信託が議決権株式を集約し、その後、議決権のない参加株式も買い戻し、2003年に全ての上場を廃止しました。

ビジネスモデル

ヒルティの大きな特徴は、実店舗を持たず、専任の営業担当者が顧客である建設現場や事務所に直接訪問する「直販」を基本としている点です。営業担当者は現場の状況や顧客自身も気づいていない潜在的な課題を把握し、それに対する最適な製品やソリューションを提案します。これにより、一般的な工具販売店では提供できないような質の高いコンサルティングを実現しています。

日本法人

日本における事業は、日本ヒルティ株式会社が展開しています。1968年4月12日にHilti Corporationと伊藤萬株式会社の合弁会社「ヒルティ販売株式会社」として設立され、後に伊藤萬ヒルティの通称で知られました。1973年に日本ヒルティ株式会社に社名を変更し、1992年にはHilti Corporationの100%出資子会社となりました。日本ヒルティも実店舗を持たず、製品やサービスの利用は営業担当者への連絡、電話、あるいはECサイトを通じて行われます。

日本ヒルティはアジアを管轄する東アジア支社に属しており、本社からのリヒテンシュタイン出身者の派遣は少ない傾向があります。アジア系や欧米系など、多様な国籍の社員が勤務しており、社内では日常的に英語が使用されています。特にマネージャー以上の役職者や、マーケティング、財務など海外支社との連携が求められる部署では、英語でのコミュニケーション能力が必須とされています。

主な製品群

ヒルティが提供する製品は多岐にわたりますが、主に以下のようなカテゴリーに分けられます（日本市場導入製品を列挙）。

ポジショニング製品: 鉄筋探査機、各種レーザー測定器（墨出し、距離、回転、ポイント）
ドリル・ハツリ製品: ロータリーハンマードリル、コンビハンマードリル、回転ドリル、ハツリ機、スクリュードライバー、インパクトドライバー、各種ビット
ダイヤモンド製品: ダイヤモンドコアドリル、集塵機、ウォールソー、ワイヤーソー
切断・研磨製品: アングルグラインダー、電動鋸、ジグソー
鋲打機製品: 火薬式、ガス式、電動式の各鋲打機
アンカー製品: 金属アンカー、プラスチックアンカー、接着系アンカー、引抜試験機
化成品製品: ウレタンフォーム、防火区画貫通部防火システム
特注建材: 耐震架台など

代表的な機能と特徴

ヒルティの工具には、作業効率や安全性、耐久性を高める独自の技術が搭載されています。

ニューロンバッテリー: 従来の電動工具のように製品ごとに異なる電圧のバッテリーを用意する必要がなく、22ボルトのバッテリー一つで多くの電動工具を稼働させられるシステム。高性能な電池と太い配線により強力なパワーを発揮します。
エレクトロニューマティック: ハンマードリルなどの打撃機構で、空気圧を利用してピストンを打ち付ける方式。反動を空気の圧縮で吸収するため、振動が少なく、耐久性も向上します。
ATC（アクティブトルクコントロール）: 回転工具使用時の危険な振り回し（キックバック）を防ぐ安全機能。ドリルの異常な回転を検知すると瞬時にモーターを停止させます。
AVR（アクティブバイブレーションリダクション）: スプリングやカウンターウェイトを用いて、作業中の工具の振動を効果的に軽減するメカニズムです。
CPC（コードレスパワーケア）: リチウムイオンバッテリーの高性能管理システム。バッテリー残量の正確な表示、過負荷時の自動停止、バッテリーセルの個別管理といった機能により、バッテリーの性能と寿命を最適に保ちます。
TPS（セフトプロテクションシステム）: 盗難防止システム。特定のワイヤレスキーが近くにないと工具が作動しない機能ですが、2009年時点では日本未導入でした。

特徴的なサービス

ヒルティは、メーカー直販を基盤としつつ、日本市場への展開時には販売店の協力も得たため、現在も直販と販売店経由での購入が可能です。かつては直営店舗がありましたが、現在は廃止されており、営業担当者による直接訪問でのサービス提供が中心です。

製品だけでなく、サービス面でも高い評価を得ています。2024年現在、多くの工具に対して以下のような充実したサポートが提供されています。

永久サポート: 製品の製造上の欠陥に対する永久保証。
無償修理保証: 購入から一定期間（最大2年）は、通常損耗による修理が無料。
修理品質保証: 修理完了後3ヶ月間の保証。
永久メーカー品質保証: 材質や製造不良に対する保証。
修理上限金額: 購入から一定期間は修理費に上限が設けられています。
72時間の修理時間: 修理センター到着から72時間以内の修理完了を目指します。
フリートマネジメント: 特別な顧客向けの契約サービス。月額料金を支払うことで、契約期間中の修理（通常損耗）、定期メンテナンス、バッテリー修理、校正証明書・トレーサビリティチャート発行、修理中の代替機提供などが回数無制限で無料となります。盗難時には残債の80%をヒルティが負担。契約者限定で工具のレンタルも可能です。支払いの遅延などがあった場合は、サービス利用や取引が停止される可能性がありますが、工具を頻繁に使用し、メンテナンスコストを抑えたいユーザーにとっては非常にメリットの大きいサービスです。
水没保証: 水没した製品に対する保証サービス。
* オントラック: ブルートゥースタグを用いた資産管理システム。ヒルティ製品に限らずタグをつけた工具や資材の場所、校正時期などを専用受信機やスマートフォンアプリで管理できます。これにより、紛失防止や過剰購入の抑制、道具を探す時間の削減といったコスト削減効果が期待できます。

これらの製品とサービスを通じて、ヒルティは建設業界における生産性向上と安全性確保に貢献しています。

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