ヒンディー・ミディアム

2017年に公開されたインドのコメディドラマ映画、『ヒンディー・ミディアム』は、サケート・チョードリーがメガホンを取り、名優イルファーン・カーンとパキスタンの実力派女優サバー・カマルが夫婦役で主演を務めた作品です。インドの首都デリーを舞台に、愛する娘を一流の私立学校に入学させようとする夫婦の、時にコミカルで時に切実な奮闘を描きながら、現代インドにおける教育制度や社会階層の問題を鋭く問いかけます。主演二人の演技は特に高い評価を受け、第63回フィルムフェア賞では最優秀作品賞と最優秀主演男優賞に輝きました。興行的にも大成功を収め、世界中で32億ルピーを超える収益を記録しています。

あらすじ

オールドデリーで成功した衣服店を経営するラージ・バトラは、青春時代の恋を実らせた妻ミータ、そして愛娘のピア（5歳）と幸せに暮らしていました。夫婦自身は公立学校出身でしたが、ミータは娘の輝かしい未来のために、ピアをデリー屈指の名門私立校に入学させることを強く願います。中でも「グラマー校」への入学を熱望するミータは、その学区に引っ越すことが条件だと知り、ラージを説得して高級住宅地バサント・ビハールへ転居します。しかし、中流階級出身のバトラ夫妻は、そこで暮らす上流階級の人々の中で居心地の悪さを感じます。名門校の入学審査には親の面接が重視されると知ったミータは、ラージと共に教育コンサルタントから徹底的な指導を受けますが、ラージは面接でうまく対応できませんでした。その結果、ピアは応募した全ての私立校から不合格通知を受けてしまいます。ラージは政界のコネや校長への賄賂など、あらゆる手段を試みますが、どれも成功しません。

そんな折、ラージは自身の従業員の子供が、低所得者向けの特別枠（RTE法）を利用して名門校に入学できたことを知ります。この制度に着目したラージは、自らも低所得者になりすましてピアを入学させようと計画。ブローカーに依頼し、抽選結果を操作してもらう約束を取り付けます。合格を確信して安堵したのも束の間、富裕層がこの制度を不正利用している実態がマスコミによって暴露され、応募者への調査が始まることを知ります。追及の目を逃れるため、ラージはブローカーが用意した貧民街の住居へ家族と共に引っ越すことを決意します。慣れない環境での暮らしの中で、バトラ一家は同じくRTE法で息子モーハンをグラマー校に入れようとするシャーム・プラカーシュとその妻トゥルシーに出会います。調査員から疑われる夫妻でしたが、「かつて裕福だったが事情があって貧しくなった人たちだ」と誤解したシャーム・プラカーシュに助けられ、彼の協力もあって貧乏人になりきったラージは、シャーム・プラカーシュと共に抽選枠の候補者に選ばれます。入学後の課外活動費として高額な納金を求められたラージが深夜にATMから金を引き出そうとした際、それを盗みだそうとしていると勘違いしたシャーム・プラカーシュに止められます。ラージを助けたい一心で、シャーム・プラカーシュは自動車にわざとぶつかり、示談金を得てラージに手渡すという自己犠牲を見せます。

抽選の結果、ピアは合格しますが、モーハンは選ばれませんでした。バサント・ビハールに戻ったバトラ夫妻は、モーハンへの負い目を感じていました。彼らは匿名でモーハンが通う公立校に多額の寄付を行い、教育環境を整備します。この寄付の主を知ったシャーム・プラカーシュは感謝を伝えにラージの家を訪れ、そこでラージが富裕層であることを知って激怒します。真実を校長に告げようとグラマー校へ向かったシャーム・プラカーシュでしたが、そこで楽しそうに学校生活を送るピアの姿を見て訴えるのを思いとどまります。その様子を見たラージは、自らの不正を校長に打ち明け、入学の取り消しを求めます。しかし、校長は学校の名誉を守るため証拠を隠蔽し、申し出を拒否します。ラージは、公立校の生徒たちをグラマー校に招き、パフォーマンスを通じて子供たちの可能性について保護者たちに語りかけ、自らの不正行為を公に告白します。最終的に、ラージとミータはピアをグラマー校から退学させ、モーハンと同じ公立学校に通わせることを決断するのでした。

製作と公開

本作は、監督のサケート・チョードリーが脚本家ジーナト・ラカーニーと共に脚本を執筆する中で、インドの教育システムを題材にすることを着想しました。親が子供に最良の教育を与えたいと願う普遍的なテーマが企画の核となりました。主演には、チャンドニー・チョークで衣服店を営むパンジャーブ人の夫ラージ役にイルファーン・カーンが、そして娘に自身の夢を託す妻ミータ役にパキスタンの女優サバー・カマルが抜擢されました。サバー・カマルは本作がインド映画デビュー作であり、イルファーンの強い推薦によって実現しました。撮影はデリーのチャンドニー・チョークやカロル・バグーなど、様々な地域で行われました。

映画は2017年 5月19日に全世界で公開され、インド国内の一部地域では免税措置が取られました。特に大きな成功を収めたのは中国での公開で、『ダンガルきっと、つよくなる』などのヒットに続き、2018年4月4日に公開されるや瞬く間に大ヒットを記録しました。最終的に中国だけで22億ルピー以上を稼ぎ出し、本作の興行収入を大きく押し上げました。一方で、2014年のベンガル語映画『Ramdhanu』との類似性が指摘され、著作権侵害で訴訟を起こされましたが、最終的には訴えは取り下げられています。

評価と続編

批評家からは概ね好評を博し、特に主演のイルファーン・カーンとサバー・カマルの演技は絶賛されました。インド国内の批評家からは、社会問題を扱いながらもユーモアと感動のバランスが良い点、キャストの演技力が高く評価されました。海外の批評家からも肯定的な意見が多く寄せられ、ボリウッド映画の中でも秀作の一つと評されました。興行的にもインド国内で9億ルピー以上、海外では特に中国での大ヒットにより20億ルピーを超える記録を樹立し、歴代インド映画の海外興行収入ランキングでも上位に入る成功を収めました。

本作の成功を受けて、続編の製作が企画されました。プロデューサーのディネーシュ・ヴィジャンは、イルファーンとサバーのコンビの再登場を希望しつつ、続編の可能性を示唆しました。2019年3月にはカリーナ・カプールの出演が発表され、4月には正式タイトルが『Angrezi Medium』となり、撮影が開始されています。

『ヒンディー・ミディアム』は、単なるコメディに留まらず、インド社会が抱える教育格差や親のプレッシャーといった現実的な問題を、心温まる物語とキャストの熱演を通じて描き出した、観る者に多くの示唆を与える作品と言えるでしょう。

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