ヒーローズ・ジャーニー

英雄の旅：世界共通の物語構造

物語論と比較神話学において「英雄の旅」または「モノミス」と呼ばれる構造は、世界中の多くの神話や民話に共通する物語の枠組みです。この構造は、主人公が日常の世界から非日常の世界へと旅立ち、数々の試練を乗り越え、宝を得て元の日常へと帰還するという、通過儀礼のようなプロセスをたどります。

研究の歴史と主要な研究者

「英雄の旅」の研究は、19世紀後半から始まりました。人類学者エドワード・バーネット・タイラーは、多様な神話の土台が初期の人類にあると仮定しました。その後、オットー・ランクやロード・ラグランは、英雄神話の共通構造を指摘しました。しかし、その構造がなぜ類似するのかについては、それぞれの研究者の立場によって異なる解釈がなされています。

ジョーゼフ・キャンベルと「千の顔を持つ英雄」

「英雄の旅」という概念が広く知られるようになったのは、ジョーゼフ・キャンベルの功績が大きいです。彼の代表作『千の顔を持つ英雄』(1949)では、ユングの分析心理学を援用しながら、英雄神話を人類普遍の「魂の成長」物語として捉え、その基本構造を「モノミス」と名付けました。キャンベルは、世界中の神話や民話を分析し、英雄の旅の共通した段階を17個に分類しました。

しかし、キャンベルの研究は、アカデミックな民俗学者からは必ずしも高く評価されていません。むしろ、映画のシナリオ作成理論として広く応用されている点が注目されています。

キャンベルの17段階

キャンベルは「英雄の旅」を以下の17段階に分類しました。

出離
The Call to Adventure（冒険への召命）
Refusal of the Call（召命の拒否）
Supernatural Aid（超自然的なるものの援助）
The Crossing of the First Threshold（最初の境界の越境）
Belly of the Whale（鯨の胎内）

イニシエーション
The Road of Trials（試練への道）
The Meeting with the Goddess（女神との遭遇）
Woman as the Temptress（誘惑者としての女性）
Atonement with the Father/Abyss（父親との一体化）
Apotheosis（神格化）
The Ultimate Boon（終局の報酬）

帰還
Refusal of the Return（帰還の拒絶）
The Magic Flight（呪的逃走）
Rescue from Without（外界からの救出）
The Crossing of the Return Threshold（帰路境界の越境）
Master of the Two Worlds（二つの世界の導師）
* Freedom to Live（生きる自由）

クリストファー・ボグラーと「12ステップ」

クリストファー・ボグラーは、キャンベルの理論を映画シナリオ作りの理論として体系化した『神話の法則』(1998)を著しました。ボグラーは、キャンベルの17段階を3幕12段階に整理し、多くの映画制作者に影響を与えました。『スター・ウォーズ』のジョージ・ルーカスも、キャンベルの理論に影響を受けて脚本を制作したとされています。

女性による「英雄の旅」

従来の「英雄の旅」論は、男性主人公を想定しているという批判がありました。しかし、近年では、女性主人公を想定した「英雄の旅」の解釈や、女性のアーキタイプを分析した研究も盛んになっています。ジェーン・エアやプシュケの物語なども、「英雄の旅」の構造を持つと解釈されています。キム・ハドソンは、女性主人公のための「ヴァージンの旅」というアーキタイプを提案しています。

アカデミックな受容と批判

キャンベルの「単一神話論」は、民俗学において必ずしも高く評価されているわけではありません。神話や民話をやや都合よく解釈している、特定のカテゴリーにしか当てはまらないという批判もあります。一方、物語の構造を理解するための有効なツールとして、創作や心理療法など様々な分野で活用されています。

まとめ

「英雄の旅」は、世界中の神話や民話に共通する基本的な物語構造です。その構造を理解することで、物語の深層にある普遍的なテーマや、人間の心理構造を理解するのに役立ちます。また、創作活動においても、物語構成の強力なツールとなります。しかし、あくまで一つの解釈であり、神話の多様性や複雑さを理解するためには、多角的な視点が不可欠です。

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