ビーチング・アックス

ビーチングの斧：イギリス鉄道網の大改革とその後

1960年代のイギリスは、鉄道網の大規模な縮小という激変期を迎えました。その中心人物が、イギリス国鉄の当時のトップ、リチャード・ビーチング卿です。彼の主導で実行されたリストラ計画は「ビーチングの斧」と呼ばれ、イギリス鉄道史に大きな足跡を残しました。この計画は、単なる路線廃止ではなく、イギリスの交通政策、そして社会全体に大きな影響を与えた出来事でした。

廃線の背景：時代の流れと鉄道の苦境

ビーチング卿によるリストラは突発的なものではありませんでした。19世紀の鉄道ブームを経て、イギリスの鉄道網は第一次世界大戦前にはピークに達していました。しかし、その後はバスや自動車、航空機といった競合交通手段の台頭により、次第に衰退していきました。特に郊外の短距離路線は、バスや路面電車に客を奪われ、多くの路線が廃止されました。

第二次世界大戦後も、鉄道の廃止は続きました。1950年代には、イギリス運輸委員会が不採算路線の廃止を進めました。そして、1955年の鉄道近代化計画も、根本的な改善には至りませんでした。鉄道は人件費の高騰や運賃凍結といった問題にも直面し、財務状況は悪化の一途をたどりました。

ビーチング報告書：大胆なリストラ計画

この危機的状況を受け、1963年、ビーチング卿は「イギリス国鉄の再建」と題する報告書を発表しました。この報告書は、鉄道網の約3分の1にあたる6,000マイル（9,700キロメートル）の路線廃止を提案し、多くの駅も閉鎖されることになりました。

この報告書は、単に路線を廃止するだけでなく、主要幹線を電化し、時代遅れの車扱貨物輸送からコンテナ輸送への移行も提言していました。報告書は政府に受け入れられ、「ビーチングの斧」による大規模な鉄道廃止が開始されました。

ビーチング第2段階と政策の変化

1964年、ビーチング卿はさらに大胆な報告書「主要幹線ルートの開発」を発表しました。この報告書では、都市間ルートや通勤路線以外を全廃するという、より極端なリストラ案が提示されました。しかし、この計画は行き過ぎと判断され、労働党政権によって却下されました。

その後も路線廃止は続きましたが、1960年代末には、当初の期待に反して、支出削減や収支改善の効果は限定的であることが明らかになってきました。政府は、社会的な価値のある路線には補助金を支給する方針を示しましたが、すでに多くの路線が廃止されていたため、その効果は限定的でした。

バス代行の失敗と路線再開の動き

廃止された路線の多くはバスに転換されましたが、バス代行は鉄道よりも遅く不便で、利用者からは不評でした。公共交通の空白地帯も発生し、バス転換政策は失敗に終わりました。

しかし、1970年代以降、状況は変化し始めました。自動車の交通量増加による渋滞や大気汚染問題、鉄道旅客輸送量の増加などを背景に、廃止路線の再開が検討されるようになりました。特に都市部では、多くの廃止駅や路線が再開され、成功を収めています。

ビーチングの遺産：再評価と教訓

ビーチングの斧による鉄道網の縮小は、イギリス社会に大きな影響を与えました。地方部の交通空白、環境問題、そして社会経済への影響など、さまざまな問題を引き起こしました。しかし、同時に、鉄道の近代化や効率化を進めるきっかけにもなりました。

今日、イギリスの鉄道は依然として赤字で運営されていますが、過去の教訓を活かし、持続可能な鉄道網の構築に向けて努力が続けられています。ビーチングの斧は、鉄道政策の失敗と成功の両面を示す、重要な歴史的出来事として記憶されています。

参考文献

Freeman Allen, G. (1966). British Railways after Beeching. Shepperton: Ian Allan.
Gourvish, T. R. (1974). British Rail 1948 - 1973: A Business History. Cambridge.
Henshaw, David (1994). The Great Railway Conspiracy. ISBN 0-948135-48-4.
White, H. P. (1986). Forgotten Railways. ISBN 0-946537-13-5.

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