ピアノソナタ第12番 (モーツァルト)

ピアノソナタ第12番 ヘ長調 K. 332 (300k)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによって書かれたこのピアノソナタ ヘ長調 K. 332は、彼の数多くの鍵盤作品の中でも広く親しまれている一つです。ケッヘル番号では332番にあたり、自筆譜に見られる番号から「300k」とも称されます。作曲されたのは1783年頃と推定されており、ウィーンまたはモーツァルトの故郷であるザルツブルクで筆が進められたと考えられています。この作品は、今日でも頻繁に演奏されるピアノソナタ第10番 ハ長調 K. 330や、有名な終楽章を持つ第11番 イ長調 K. 331（「トルコ行進曲付き」として知られる）といった傑作群と同時期に生まれたとされています。

本作品は、全三つの楽章によって構成されており、各楽章が異なる性格を持ちながらも、全体として古典派ソナタの均衡の取れた美しさを示しています。

各楽章について

第1楽章 アレグロ

ヘ長調、4分の3拍子で書かれたこの楽章は、ソナタ形式に基づいています。軽快なテンポ指示である「アレグロ」の通り、明るく推進力のある音楽で始まります。冒頭提示される主題は、伸びやかで歌うような性格を持っています。これに続く副主題は、対照的な調性で現れ、曲に多様な色彩を与えます。提示部、展開部、再現部というソナタ形式の伝統的な構成に従い、主題が様々な形で扱われながら展開していきます。この楽章は、モーツァルトらしい明晰さと優雅さを兼ね備えつつ、時に情熱的な一面も覗かせます。

第2楽章 アダージョ

変ロ長調、4分の4拍子のこの楽章は、「アダージョ」という非常にゆっくりとした速度で演奏されます。前の楽章の活気ある雰囲気とは大きく対照的であり、瞑想的で深い情感が漂います。この楽章はソナタ形式の構造を持ちながらも、通常の中間部にあたる展開部が欠如しているのが特徴です。左手は、分散和音による、いわゆるアルベルティ・バスと呼ばれる伴奏音型を静かに刻みます。その上に、右手によって奏でられる旋律は、ゆっくりとしかし豊かな表現力をもって歌われます。特に、旋律線が次第に高音域へと上昇していく動機や、オペラのアリアを思わせるような装飾的な音型（コロラトゥーラ）が随所に現れ、楽章にオペラティックな華やかさと情感を与えています。モーツァルトが旋律の美しさを追求した、聴き手を惹きつける楽章と言えるでしょう。

第3楽章 アレグロ・アッサイ

ヘ長調、8分の6拍子、ソナタ形式で書かれた終楽章は、「アレグロ・アッサイ」という非常に速いテンポが指示されています。この楽章は、その明るく華やいだ楽想と、目まぐるしく変化するパッセージによって強い印象を与えます。まるで鍵盤上を駆け巡るかのような急速な音型が特徴的で、演奏者には高度な技巧が求められます。提示部では、複数の魅力的な主題が次々と現れ、活気に満ちた雰囲気を築きます。展開部では、これらの主題素材が巧みに組み合わされ、音楽的な緊張感が高まります。そして再現部を経て、華々しいコーダで曲を閉じます。この楽章は、作品全体を力強く、そして輝かしく締めくくる役割を果たしています。

このソナタは、モーツァルトの円熟期に向けての過渡期に書かれた作品の一つとして、彼のスタイル確立における重要な位置を占めていると言えるでしょう。各楽章に散りばめられた魅力的な旋律や表現技法は、今日でも多くのピアニストや音楽愛好家を魅了し続けています。

この楽曲の楽譜については、国際楽譜ライブラリープロジェクト（IMSLP）などのウェブサイトでも公開されており、参照することが可能です。

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