ピアノソナタ第13番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが遺した数多くのピアノソナタの中でも、「ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K. 333 (315c)」は、その優美な旋律と構成によって親しまれている一曲です。

作曲の背景と時期

このソナタがいつ、どこで作曲されたのかについては、長らく音楽学者の間で議論されてきました。かつては、モーツァルトがフランスの首都パリに滞在していた1778年の夏に書かれたという見方が有力でした。しかし、近年の研究によって、より確実な証拠に基づいた新しい説が提示されています。現在では、このソナタは1783年から1784年にかけて、特に1783年の11月頃にオーストリアのリンツで作曲されたとする説が有力視されています。興味深いことに、この時期はモーツァルトが有名な交響曲第36番ハ長調 K. 425、いわゆる『リンツ』交響曲を作曲していた時期とほぼ重なります。この事実も、リンツでの作曲説を支持する重要な傍証の一つとなっています。

出版

作曲後、このソナタは比較的速やかに楽譜として出版されました。1784年4月21日には、ウィーンの出版者クリストフ・トリーチェラ（Christoph Torricella）の手によって世に送り出されています。この出版は、「作品7」として、同じくモーツァルトのピアノソナタ第6番ニ長調 K. 284 (205b)（通称「デュルニッツ・ソナタ」）と、ヴァイオリンソナタ第32番変ロ長調 K. 454という2つの作品と共にまとめられて行われました。これは、当時の楽譜流通の一端を示す出来事であり、このソナタが当時の聴衆や演奏家にとって重要な作品であったことを示唆しています。

楽曲構成

ピアノソナタ第13番 変ロ長調 K. 333は、モーツァルトのピアノソナタにおける典型的な構成である、全3楽章で書かれています。全曲を通して演奏するのに要する時間は、およそ23分程度とされています。各楽章はそれぞれ異なる性格と形式を持っています。

第1楽章 アレグロ
変ロ長調、4分の4拍子で書かれたこの楽章は、ソナタ形式によって構成されています。楽章の冒頭に示された「Allegro」という速度記号が示す通り、快活でありながらも、モーツァルトらしい洗練された旋律が展開されます。主題提示部、展開部、再現部というソナタ形式の定型的な構造に沿って音楽が進行します。

第2楽章 アンダンテ・カンタービレ
続く第2楽章は、変ホ長調、4分の3拍子です。「Andante cantabile」という指示は、「歩くような速さで、歌うように」という意味であり、穏やかで叙情的な雰囲気が特徴です。この楽章もまた、ソナタ形式の構造を持っています。美しい旋律線が、まるで歌を歌っているかのように奏でられます。

* 第3楽章 アレグレット・グラツィオーソ
終楽章は、変ロ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）で書かれています。「Allegretto grazioso」という指示は、「やや速く、優雅に」という意味で、軽やかでリズミカルな音楽が展開されます。この楽章の形式はロンド形式です。主要な主題が繰り返される間に、対照的なエピソードが挿入される構成となっています。この楽章の終盤には、「ad libitum」（アド・リビトゥム）と記された箇所があり、ここにカデンツァが置かれています。「ad libitum」は「任意に」という意味であり、演奏者はここに独自の装飾や技巧的なパッセージを加えたり、あるいは特定のカデンツァを演奏したりすることが許容されています。これは当時の演奏習慣の一端を示すものであり、演奏者の創造性が発揮される場面となります。

まとめ

モーツァルトのピアノソナタ第13番 K. 333は、作曲時期の研究における変遷や、リンツでの作曲という可能性、そしてクリストフ・トリーチェラによる出版といった歴史的背景を持つ作品です。全体は約23分、3つの楽章から構成され、それぞれの楽章はソナタ形式やロンド形式といったクラシック期に確立された形式によって書かれています。特に終楽章に置かれた任意演奏のカデンツァは、この作品に特別な彩りを加えています。モーツァルトのピアノ作品の中でも、その完成度の高さと魅力的な音楽によって、今日でも多くの人々に愛され続けています。

もう一度検索