ピアノソナタ第2番 (ショスタコーヴィチ)

ドミートリイ・ショスタコーヴィチが手掛けた2作目のピアノソナタ、ピアノソナタ第2番ロ短調作品61は、彼の作品群の中でも特に注目される一曲です。ショスタコーヴィチは生涯に2曲のピアノソナタを残しており（初期の作品を含めると3曲と見られます）、この第2番は作曲家として円熟期を迎えていた第二次世界大戦の最中、交響曲第7番と第8番の間にあたる1943年に生み出されました。

作曲背景と初演

作曲は1943年1月に開始され、当時ショスタコーヴィチは戦火を避けてクーイビシェフ（現在のサマーラ）に疎開しており、未完に終わったオペラ『賭博師』なども含め、この都市で多くの部分が書かれたと見られています。その後、同年3月17日にモスクワ近郊アルハンゲルスコエのサナトリウムで完成に至りました。作品の初演は同年6月6日、モスクワにて作曲者自身のピアノ演奏で行われました。

献呈

このソナタは、前年10月11日にチフスで急逝したショスタコーヴィチのピアノの師であり、レニングラード音楽院教授だったレオニード・ニコラーエフへの追悼の意を込めて捧げられています。

作曲の過程と初期の評価

作曲の過程は必ずしも順調ではなかったようです。当初は4楽章構成を構想していたものが、最終的に3楽章に変更されるなど、試行錯誤の跡が見られます。自筆譜には数多くの削除や訂正が加えられた形跡が残されていると伝えられています。初演後の評価は芳しいものではなく、当時の批評家からは不評を買いました。作曲者自身もこの作品に対して厳しい見解を示し、「くずのような作品」や「即興」であると述べていました。これは、1926年に作曲されたピアノソナタ第1番に対する彼の評価とも共通しています。技術的には第1番より演奏が容易に書かれているとも言われますが、その音楽的な構成は極めて緻密であり、単なる即興や習作とは一線を画しています。

現在の受容

現在では、初期の厳しい評価とは異なり、この第2番ソナタはショスタコーヴィチのピアノ作品の中でも重要な位置を占めています。ピアノソナタ第1番よりも演奏される機会が多く、エミール・ギレリスをはじめとする世界的なピアニストたちによって録音も数多く残されています。

楽曲の概要

全3楽章で構成され、全体の演奏時間はおよそ27分です。楽曲の全体的な特徴として、全音階的な旋律線の一部が意図的に半音下方に変位される音形や、複数の調性が同時に用いられる複調の響きが頻繁に現れます。また、楽譜に記されたイタリア語の速度表示に対して、メトロノームによる具体的な速度指示が全体的に速い傾向にあることも特筆されます。

各楽章の解説

第1楽章 アレグレット

速度指示は四分音符＝144。ロンド形式の要素を取り入れたソナタ形式です。序奏に現れるパッセージはロ短調、ト短調、嬰ニ短調と目まぐるしく調性が揺れ動く特徴的なものです。弱拍から提示される第一主題はロ短調を主調としつつも、近親調や遠隔調へと絶えず変化し、拍子も3拍子と4拍子が交錯します。主題の動機を発展させながら次第に盛り上がり、フォルティシモの頂点で速度を速め（ピウ モッソ、四分音符＝168）、第二主題へと突入します。フラット2つの調子記号を持つ第二主題は、変ホ音を主音とするリディア旋法、あるいは変ロ長調の下属和音のような響きで開始されます。左手は同じ和音を反復しますが、右手の旋律は非和声音を中心に構成され、高い緊張感を生み出します。第二主題は一貫して4拍子で書かれています。弱奏に移り、第一主題に基づいた断片的な響きから展開部が始まります。ここでは序奏のパッセージや第二主題が複雑に絡み合いながら多声的に展開されます。展開部の後半では、16分音符による一貫した動きの中で第一主題が扱われ、クレッシェンドしてフォルティシモに達し、そのまま再現部へとなだれ込みます。再現部では、四分音符＝144、4拍子で第一主題が多声的に再現された後、力強い響きの中で第二主題が第一主題に重ねられ、大きなクライマックスが築かれます。再びピウ モッソとなり、第二主題が単体で奏された後、第一主題を中心に弱奏で進むコーダが続きます。このコーダはあたかも第二の展開部のような性格を持っています。

第2楽章 ラルゴ

速度指示は四分音符＝72、メノ モッソで四分音符＝66。変イ長調の三部形式です。音数を抑え、非常に節制された、内向的な「つぶやき」のような楽想が特徴的です。他の楽章に比べてアゴーギク（速度の微調整）や表情記号が細かく指示されており、感情の揺れ動きや楽想の微細な変化が丁寧に表現されています。

第3楽章 モデラート・コン・モート

ロ短調による変奏曲形式のフィナーレです。楽譜上に主題や変奏の表示はありませんが、便宜上、主題とそれに続く8つの変奏、そして終結部として捉えられます。

• - 主題: 4/4拍子、四分音符＝120。中高音域で提示される単旋律で、弱奏で開始されます。音のずれや読み替えといった独特の技法によって巧妙に転調が繰り返されます。
• - 第1変奏: 2声から4声へと声部が増え、主題に和声が付けられます。
• - 第2変奏: 三連符による対旋律を伴う2声体となります。ここまで、主題の旋律形は比較的明確に保たれています。
• - 第3変奏: ピウ モッソとなり、四分音符＝132へ速度が増します。主題は八分音符による無窮動的な変奏となりますが、和声は主題の骨格に沿ったものです。
• - 第4変奏: テンポ・プリモに戻り、コラールのような厚みのある響きとなります。主題の旋律が、ショスタコーヴィチ独自の（主題の和声とは異なる）和声付けで奏されます。変拍子が挟まれることで、緊迫感が増し、音楽の表情がより深まります。
• - 第5変奏: アレグレット・コン・モート、3/4拍子、付点二分音符＝80へ速度が増し、ヘ短調に転じます。無窮動的な動きを持つスケルツォ風の変奏です。特に後半には、ショスタコーヴィチの作品に時折現れる、ユダヤ音楽を思わせる特徴的な旋律が現れます。
• - 第6変奏: 2/4拍子となります。高音部と低音部による2声のカノン（輪唱）が展開されます。減8度（長7度）といった独特の音程が用いられ、不思議で不穏な雰囲気を醸し出します。
• - 第7変奏: ポーコ・メノ・モッソ、二分音符＝84へ速度がやや落ちます。音価が引き伸ばされた主題の反行形（旋律の上下関係を逆にしたもの）と、付点リズムを持つ対旋律が弱奏で現れます。これにより、音楽の表情は一層深化し、次の変奏へと流れていきます。
• - 第8変奏: アダージォとなり、四分音符＝72、主調であるロ短調に復帰します。最低音部に主題が置かれ、高音部には複付点のリズムを持つ主題に基づく対旋律が奏されます。2声から次第に声部が増し、主題が最も昇華され、歌い上げられるクライマックスが形成されます。
• - 終結部: 再び4/4拍子、モデラート、四分音符＝104となり、主題が原形に近い形で再び現れます。ここでは16分音符の華やかな走句が主題を彩ります。最後はデクレッシェンドし、最弱音（ピアニッシモ）となり、主題の痕跡を残すかのように静かに曲を閉じます。

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