ピアノソナタ第3番 (モーツァルト)

ピアノソナタ第3番 変ロ長調 K. 281

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがまだ青年期にあたる1775年に作曲したピアノソナタの一つ、変ロ長調の第3番（ケッヘル番号K. 281、旧ケッヘル番号189f）は、彼の初期鍵盤作品群の中でも特に重要な位置を占める作品です。このソナタは、同時期に作曲された第1番ハ長調（K. 279）から第6番ニ長調（K. 284）までの合計6曲とともに、バイエルン選帝侯カール・テオドールの宮廷顧問官だったテオドール・フォン・デュルニッツ男爵のために書かれたとされることから、「デュルニッツ・ソナタ」と総称される連作の一部を成しています。これら6曲は、いずれも1775年に作曲されており、その背景にある動機も共通していると考えられています。

この第3番ソナタは、当時のヨーロッパで主流であったギャラント様式や、同時代の大家であるヨーゼフ・ハイドンのピアノソナタからの影響が感じられる点も指摘されています。しかし、単なる模倣に終わらず、ハイドンの確立した形式や語法を取り入れつつも、モーツァルトならではの瑞々しい旋律、洗練された和声、そしてすでに明確に表れている独自の個性が前面に押し出されています。特に、流麗で歌謡的な旋律の扱い方や、透明感のある響きは、若きモーツァルトの非凡な才能を如実に示しています。初期の作品でありながら、後年の偉大なピアノソナタ群へと繋がる発展の萌芽を見出すことができるでしょう。

楽曲は典型的な3楽章構成を採用しています。

楽章構成

第1楽章 アレグロ

変ロ長調、4分の2拍子。快活で明るい性格を持つソナタ形式の楽章です。溌剌とした主要主題に始まり、流れるような経過句を経て、対照的な副主題が登場します。提示部、展開部、再現部というソナタ形式の基本的な構造に沿って展開されますが、その中に見られる主題間の関係性や展開部の創意工夫には、モーツァルトの構成力の高さが既に表れています。

第2楽章 アンダンテ・アモローソ

変ホ長調、8分の3拍子。ソナタ形式で書かれていますが、その性格は「愛らしく（amoro）」という指示が示す通り、抒情的で内省的な雰囲気を持っています。優しく語りかけるような主要主題が印象的で、ロマンティックな雰囲気を漂わせています。この楽章は、前の快活な第1楽章と後の軽快な終楽章との間に置かれ、作品全体に深みと変化を与えています。中間部の展開では、主題素材が繊細に扱われます。

第3楽章 ロンド：アレグロ

変ロ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）。この楽章は、モーツァルトのピアノソナタにおいて初めてロンド形式が採用されたという点で特筆されます。ロンド形式は、主要主題（ロンド主題）が繰り返し現れ、その間にエピソードが挿入される構成を取ります（例：A-B-A-C-Aなど）。この終楽章では、軽快で明るいロンド主題が印象的に提示された後、対照的なエピソードを挟みながら、快活に繰り返されます。終楽章にふさわしい華やかさと遊び心に満ちており、高度な技巧を要求しながらも、聴き手に心地よい響きと楽しさを与えます。このロンド形式の採用は、その後のモーツァルトのピアノソナタにおける終楽章のあり方に新たな可能性を開いたと言えるでしょう。

まとめ

ピアノソナタ第3番変ロ長調 K. 281は、「デュルニッツ・ソナタ」の中でも特に魅力的な一曲であり、若きモーツァルトが当時の音楽語法を吸収しつつ、いかにして自身の独特なスタイルを確立していったかを示す貴重な例です。ハイドンからの影響を受け入れつつも、それを自身の非凡な才能で昇華させ、既に後の傑作群に通じる片鱗を随所に示しています。特に、抒情的な第2楽章と、初めてロンド形式を採用した革新的な終楽章は、このソナタの聴きどころと言えるでしょう。初期モーツァルトの瑞々しさと創造性を堪能できる、重要なレパートリーです。

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