ピアノ五重奏曲 (ショスタコーヴィチ)

ロシアを代表する作曲家、ドミートリイ・ショスタコーヴィチ（Dmitrii Dmitrievich Shostakovich）の手による「ピアノ五重奏曲 ト短調 作品57」は、彼の残した室内楽曲の中でも特に広く知られる傑作です。全5楽章で構成されるこの作品は、ピアノと弦楽四重奏という編成のために書かれ、1941年には栄誉あるスターリン賞に輝きました。

作曲の経緯と初演

本作は、ショスタコーヴィチの「弦楽四重奏曲第1番」の初演を務めたベートーヴェン弦楽四重奏団からの依頼を受けて作曲されました。1939年にこの申し出があった際、ショスタコーヴィチはこれを快く引き受け、翌1940年の夏から作曲に取りかかり、同年9月14日に無事完成させています。

作品の初演は、完成から間もない1940年11月23日、モスクワ・フィルハーモニーのホールで行われました。演奏は依頼元であるベートーヴェン弦楽四重奏団が担当し、ピアノは作曲者自身が務めるという理想的な布陣でした。初演は聴衆から熱狂的な喝采をもって迎えられ、大成功を収めます。

評価と背景

初演は大きな成功を収めたものの、この演奏会に立ち会った同時代の著名な作曲家、セルゲイ・プロコフィエフは、作品そのものには一定の評価を与えつつも、その抑制された静けさや簡素な書法に対し、やや批判的な見解を示しています。彼は特に「残念ながら情熱に欠けている」と述べ、このようなスタイルは円熟期である60代の作曲家であれば美徳となるが、ショスタコーヴィチの当時の年齢（34歳頃）にとってはかえって不利に働くと指摘しました。

プロコフィエフがこのような評価を下した背景には、ショスタコーヴィチの作曲家としてのキャリアにおける重要な転換期がありました。彼はかつて1920年代に「弦楽八重奏のための2つの小品 作品11」に代表されるような、より挑戦的でモダニズム的な作風を追求していました。しかし、その後のオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が共産党当局から厳しい批判（「音楽の代わりに騒音」事件）を受け、結果として作曲様式の変更、すなわちより伝統的で分かりやすいスタイルへの回帰を余儀なくされたという歴史的な経緯があったことを踏まえる必要があります。プロコフィエフ自身は1936年にソ連に帰国しており、ショスタコーヴィチのこの苦難の時期を間近で見ていた人物です。本作の様式は、こうした政治的な圧力の下で確立された、ショスタコーヴィチ後期の主要な特徴の一つと言えるでしょう。

曲の構成

本作品は以下の5つの楽章で構成されており、全体で約35分を要します。なお、第1楽章と第2楽章、および第4楽章と第5楽章は続けて演奏されるように指定されています。

第1楽章：Prelude: Lento （ト短調）
重厚で内省的な導入。
第2楽章：Fugue: Adagio （ト短調）
第1楽章から切れ目なく続く、静かで深遠なフーガ。
第3楽章：Scherzo: Allegretto （ロ長調）
一転して軽快でユーモラスなスケルツォ。
第4楽章：Intermezzo: Lento （ニ短調）
第3楽章と対照的な、哀愁を帯びた間奏曲。第5楽章へ続く。
* 第5楽章：Finale: Allegretto （ト長調）
活気と楽天性に満ちたフィナーレ。

編成と録音

編成はピアノ1台と弦楽四重奏（ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1）です。

ショスタコーヴィチ自身は、初演を務めたベートーヴェン弦楽四重奏団と共に、1941年と1947年の二度にわたり本作の録音を残しており、特に1947年の録音は現在でも聴くことが可能です。

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