ピアノ四重奏曲 ホ長調 (サン＝サーンス)

ピアノ四重奏曲 ホ長調 遺作

カミーユ・サン＝サーンスによる「ピアノ四重奏曲 ホ長調 遺作」は、彼が作曲した初期の重要な室内楽曲です。一般には「ピアノ四重奏曲第1番」と呼ばれることもありますが、これはサン＝サーンス自身がこのジャンルで最初に手がけた作品であることに由来します。ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという編成のために書かれ、作曲者18歳にあたる1853年に完成されました。しかし、この作品は完成から実に長い間、正式な出版はされずに草稿のまま保管されていました。

経緯と再発見

完成後、サン＝サーンスはこの四重奏曲を自身の作品リストに含めず、出版も見送りました。その楽譜は、後にパリ音楽院の図書館に寄贈されたと考えられています。時は流れ、1964年にフランス国立図書館がこの貴重な草稿を取得し、その存在が再び注目されることになります。最終的に、作品が初めて公にされるのは、完成から139年もの歳月を経た1992年のことでした。Éditions Musicales du Maraisから出版され、ようやく多くの音楽愛好家や演奏家がこの若き日のサン＝サーンスの才能に触れる機会を得たのです。

未出版の理由に関する考察

なぜサン＝サーンス自身がこの完成度の高い作品を出版しなかったのか、その正確な理由は今日でも明らかではありません。しかし、いくつかの推測がなされています。音楽学者のR.H.R. シルヴァートラストは、自身の論文で当時のフランス音楽界の状況を指摘しています。1850年代のフランス、特にパリではオペラが圧倒的な人気を誇り、室内楽の出版や普及は非常に困難な状況にありました。さらに、この四重奏曲はベートーヴェン、シューベルト、シューマンといったドイツロマン派の作曲家たちの影響が色濃く感じられ、その響きが当時のフランスで「ドイツ的すぎる」と見なされ、受け入れられにくいと考えた可能性が指摘されています。また、当時のパリの聴衆は、同時代のフランス人作曲家に対して懐疑的な目を向ける傾向があったため、サン＝サーンスが自作を公表することにためらいを感じた可能性も推測されています。

楽曲構成

このピアノ四重奏曲は、以下の3つの楽章から構成されています。

第1楽章 Poco andante - Allegro vivace: 緩やかな序奏に始まり、活発な主部へと移行します。
第2楽章 Andante: 穏やかで抒情的な楽章です。
* 第3楽章 Allegro con fuoco: 情熱的で躍動感あふれるフィナーレです。

「遺作」として再発見されたこのホ長調のピアノ四重奏曲は、18歳という若さで既に確立されたサン＝サーンスの作曲技法と、彼が影響を受けていた音楽的ルーツを示す貴重な作品として、現在では高く評価されています。

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