ファリネッリ

ファリネッリ

ファリネッリ（Farinelli, 本名：カルロ・ブロスキ、Carlo Broschi）は、1705年1月24日に生まれ、1782年9月16日に生涯を閉じた、イタリアが生んだ最も高名なカストラート歌手です。その歌声は伝説と化しており、驚異的な3オクターブ半にも及ぶ声域を持っていたと伝えられています。

初期キャリアとヨーロッパでの活躍

ファリネッリは、ナポリのポーヴェリ・ディ・ジェズ・クリスト音楽院で、当時著名な音楽家であったニコラ・ポルポラに師事し、専門的な音楽教育を受けました。1720年、彼は故郷ナポリで鮮烈なデビューを飾ると、その比類なき才能は瞬く間に知れ渡り、やがてイタリア各地はもとより、ヨーロッパ主要都市、特に帝都ウィーンでも熱狂的な歓迎をもって迎えられました。

1734年から1737年にかけては、イングランドの首都ロンドンへ活動拠点を移します。これは、ライバルのゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルと対立していた反ヘンデル派の招聘に応じ、先にロンドンで活動していた師ポルポラの求めに応じたものでした。ロンドンでも彼の人気は絶大で、その圧倒的な美声と超絶的な発声技術は聴衆に強い衝撃を与え、彼の歌声に感動した女性がしばしば失神したという逸話が、当時の記録としてヨーロッパ各地に残されています。

スペイン宮廷での特異な役割

1737年、ファリネッリの人生は大きな転換期を迎えます。彼はスペイン王国の首都マドリードへ招かれ、時の国王フェリペ5世の強い要請により、王室の専属歌手として仕えることとなったのです。精神的な疾患を抱えていたフェリペ5世は、ファリネッリの歌声に深い慰めと平穏を見出しました。王は毎晩、自身の寝室でファリネッリに、彼自身が特に好んだわずか4曲のみを繰り返し歌わせたと言われています。その対価として、ファリネッリには年額5万フランという、当時の貨幣価値としては破格の巨額の報酬が支払われました。

この特異な役割のため、ファリネッリはその後20年以上にわたりスペインに留まることとなります。フェリペ5世の崩御後、息子のフェルナンド6世が即位すると、ファリネッリは宮廷内でさらに大きな影響力を持つようになります。彼は単なる歌手に留まらず、音楽顧問として才能を発揮し、高名な台本作家であるピエトロ・メタスタージオをはじめ、数多くの優れたイタリア人音楽家や歌手をマドリードへ招き寄せました。これにより、スペインにおけるイタリア・オペラ文化の隆盛に大きく貢献したのです。

晩年と兄の存在

1759年、約22年間のスペイン滞在を終え、ファリネッリはイタリア半島へと帰国しました。彼はボローニャに居を構え、音楽活動の一線からは退いて静かに隠棲生活を送りました。晩年は、スペイン王室から生涯にわたり支給された莫大な年金のおかげで、経済的に非常に恵まれた、裕福な日々を送ったと伝えられています。そして、1782年9月16日、彼はその隠棲地であるボローニャで80歳近くの生涯に幕を下ろしました。

ファリネッリには、リッカルド・ブロスキ（生年不詳 - 1756）という兄がいました。リッカルドもまた音楽家であり、作曲家として活動していました。彼は弟ファリネッリの才能を最大限に引き出すため、ファリネッリが歌うための数多くのオペラ・アリアなどを書き下ろしています。

後世への影響

ファリネッリの劇的で波乱に満ちた生涯は、後世の人々をも魅了し続けています。1994年には、彼の人生を題材とした伝記映画『カストラート』が制作され、世界中で公開されました。また、2015年にはイギリスで舞台劇『ファリネッリと王様』（Farinelli and the King）として上演され、特にスペイン宮廷におけるフェリペ5世との特別な関係性が主題として描かれました。これらの作品を通して、伝説的なカストラート、ファリネッリの存在は現代にも語り継がれています。

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