ファルコン9フル・スラスト

ファルコン9フル・スラストとは

ファルコン9フル・スラスト（英語名：Falcon 9 Full Thrust、またはFalcon 9 v1.2）は、スペースX社によって設計・製造された、部分的に再利用が可能な中量型打ち上げロケットです。ファルコン9ロケットファミリーの3番目の主要なバージョンにあたり、軌道に到達したロケットの第1段を、史上初めて垂直に着陸・回収することに成功した画期的な機体として知られています。さらに、2017年3月には、一度使用された第1段ブースターを再整備し、別の軌道投入ミッションに再利用することにも成功しました。

開発と技術的改良

本機体の設計作業は2014年から2015年にかけて行われ、先行するファルコン9 v1.1型の実質的な改良版として位置づけられます。これは、2011年から2015年に及ぶ広範な技術開発計画の成果に基づいています。主な改良点として、第1段および第2段エンジンの推力向上、より大型化された第2段燃料タンクの採用、そして推進薬（液体酸素とRP-1）の密度を高めるための過冷却（サブクール）技術の導入が挙げられます。これらの技術進歩により、静止軌道へのより重いペイロード輸送能力を獲得するとともに、ロケット噴射を用いた第1段の垂直着陸および回収を実用化しました。

設計段階では、特に大型通信衛星の静止遷移軌道（GTO）への投入といった、長距離ミッションにおける第1段ロケットの再利用性向上に重点が置かれました。ファルコン9フル・スラストは、アポロ計画のサターンロケットや以前のファルコン9モデルと同様に、複数の第1段エンジンを備えることで、飛行中にエンジンが1基停止してもミッションを完遂できる冗長性を持っています。また、上段やペイロードを搭載しない場合は、第1段単体で低軌道（LEO）に到達する能力も有しており、火星へは約4,000kgのペイロードを投入可能です。

v1.1型からの具体的な改良点は多岐にわたります。

• - 推進薬の過冷却（液体酸素を-206.7°C、RP-1を-7°C）による密度向上
• - 第1段構造体の強化
• - 第2段燃料タンクの長尺化
• - 第2段エンジンノズルやグリッドフィンなどを収容するための、より長く強固な段間構造
• - 段間分離のための追加センタープッシャー
• - グリッドフィンの設計進化と材料変更（アルミからチタニウムへ）
• - オクタウェブ構造の改善
• - 着陸脚の改良
• - 過冷却推進薬によるマーリン1Dおよびマーリン1Dバキュームエンジンの推力向上
• - 減量化努力

これらの改良の結果、全長はペイロードフェアリングを含めて約70メートルと1.2メートル伸び、ペイロード能力は最大で33%向上しました。

派生型：ブロック4とブロック5

スペースXは、ファルコン9フル・スラストに段階的な改良を加えました。2017年には「ブロック4」と呼ばれる中間的なバージョンが登場し、これはフル・スラストのブロック3から、後の最終形態であるブロック5への移行段階と位置づけられています。ブロック4では、エンジン推力の段階的な向上が図られました。

さらに、2017年には決定版となる「ファルコン9ブロック5」の開発が発表されました。ブロック3やブロック4と比較して、ブロック5では全てのエンジンの推力がさらに増大し、着陸脚が強化されています。加えて、再利用の迅速化と効率化を目指した多数の細かな改良が施されました。スペースXはブロック5ブースターを、大きな改修なしに10回、そして改修を施せば100回まで飛行させることを目標としています。

運用と飛行実績

ファルコン9フル・スラストの初打ち上げは2015年12月22日に行われ、オーブコム社の小型衛星11基の軌道投入に成功しました。このミッションでは、第1段ブースターがケープカナベラルにあるスペースXの着陸場（LZ-1）への垂直着陸にも初めて成功しました。これにより、ファルコン9フル・スラストは衛星を軌道に投入し、かつ第1段の着陸・回収を初めて成功させたロケットとなりました。

初の再利用飛行は2017年3月30日のSES-10ミッションで行われ、一度使用された第1段ブースターが再び衛星打ち上げに成功しました。当初は「ファルコン9フル・スラスト」と呼ばれていましたが、最初の打ち上げ成功以降、スペースXは本機体を単に「ファルコン9」と呼ぶことが一般的になっています。

発射および着陸インフラ

スペースXはファルコン9フル・スラストの打ち上げに複数の発射場を利用しています。当初はケープカナベラル空軍基地のLC-40と、ヴァンデンバーグ空軍基地のLC-4を使用していましたが、2016年のLC-40での事故発生以降、東海岸からの主要な打ち上げはNASAから借り受けたケネディ宇宙センターのLC-39Aに移管されました。LC-39Aは、ファルコン9およびファルコン・ヘビーを収容するための大規模な水平統合施設を含む改修が行われ、2017年から使用されています。また、テキサス州ボカ・チカには、スペースXが自社で所有する商用打ち上げ専用の発射場も建設中です。

第1段の回収には、陸上と海上の着陸場が用いられます。陸上着陸場としては、ケープカナベラルのLZ-1（直径約86mの着陸パッド）があり、2015年12月に初めて使用され、成功しています。ヴァンデンバーグ空軍基地でも旧発射施設の跡地に陸上着陸場が建設されています。

海上回収のためには、スペースXは「自律型スペースポートドローン船」（Autonomous Spaceport Drone Ship, ASDS）と呼ばれる無人着陸船を運用しています。これは数百km離れた海上での回収を可能にし、特に高速ミッションで第1段が発射地点に戻れない場合に利用されます。スペースXは太平洋用に「Just Read the Instructions」、大西洋用に「Of Course I Still Love You」という名の2隻のASDSを保有しています。

再利用性の実現と事故

ファルコン9フル・スラストは、初号機から第1段の着陸回収に成功しており、再利用能力が設計段階から組み込まれていました。再利用性をさらに向上させるため、ジェイソン3ミッションでの着陸失敗（着陸脚展開不良）を教訓とした着陸脚の改良や、再突入時の熱対策としてアルミからチタニウムへのグリッドフィン材質変更などが行われました。初期のブロック3第1段は数回の飛行に留まる見込みでしたが、ブロック4で改善され、最終的なブロック5では大幅な再利用回数の増加が目標とされています。

一方で、運用中には事故も経験しています。2016年9月1日には、静的燃焼試験に向けて燃料充填中だったファルコン9フル・スラストが、ケープカナベラルLC-40の発射台上で爆発し、ロケットと搭載していたペイロード（Amos-6衛星）を喪失しました。その後の調査で、酸素タンク内に配置された炭素繊維製ヘリウムタンクとその周囲の液体酸素が発火したことが根本原因と特定されました。スペースXはこの事故を受けて、ヘリウムタンクの設計変更と燃料充填手順の改善を実施しました。

ファルコン9フル・スラストは、スペースXのロケット再利用構想を現実のものとした、現代宇宙開発における重要な一歩を記した機体と言えます。

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