フィリッパ・フット

フィリッパ・フット：倫理学への多大な貢献

フィリッパ・ルース・フット（1920年-2010年）は、20世紀後半を代表するイギリスの哲学者です。倫理学、特に徳倫理学の分野において、現代的な徳倫理学の礎を築いた一人として高く評価されています。彼女の生涯と、倫理学への貢献を詳細に見ていきましょう。

生涯と学問的キャリア

フットは、アメリカ合衆国第22代大統領グロバー・クリーブランドの孫娘という由緒ある家系に生まれました。オックスフォード大学サマーヴィル・カレッジで哲学を学び、その後同大学でチューターを務めました。同時代の哲学者エリザベス・アンスコムとの議論を通して、非認知主義の誤りを認識したと言われています。その後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校哲学科でGriffin Professorとして長く教鞭を執りました。歴史家のマイケル・フットと結婚するも、後に離婚しています。2010年、90歳の誕生日を迎え、生涯を終えました。

非認知主義批判：道徳的判断の認知可能性

フットの初期研究はメタ倫理学に焦点を当てていました。これは、道徳的判断や道徳的談話の地位に関する研究です。特に、道徳的判断が主観的な感情表現に過ぎないと主張する「非認知主義」に対する批判で知られています。ヒューム、エイヤー、スティーブンソン、ヘアといった哲学者によって発展された非認知主義は、「良い」「悪い」といった道徳的判断が、客観的な真理を記述するものではなく、単なる感情や規範の表明に過ぎないと考えます。

フットは、この見解を鋭く批判しました。彼女は、「卑劣だ」「残忍だ」といった「厚い」倫理的概念に着目し、これらの概念が単なる感情表現ではなく、客観的な事実に基づいた判断であると主張しました。道徳的判断は認知的であり、真理値を持つと考えたのです。この議論は、倫理学における客観主義的な立場を再確立しようとする試みとして、大きな影響を与えました。

道徳の合理性：なぜ道徳的であるべきか

「なぜ道徳的であるべきか」という問いは、倫理学における中心的な問題です。フットはこの問いに対して、生涯を通じて様々なアプローチを試みました。初期の論文では、勇気、節制、正義といった徳が社会的に推奨されるのは、それらが合理的な理由を持つからだと主張しました。

しかし、後年の研究では、特に正義や仁愛のような他者に関わる徳の合理性について、より複雑な議論を展開します。彼女は、これらの徳は個人的な欲求や価値観に依存するものであり、その合理性は必ずしも普遍的ではないとしました。カントの思想を再解釈し、「私たちは徳という軍隊に徴集されているのではなく、志願兵なのです」と表現したことは有名です。

彼女の晩年の著作『自然的な善性』では、道徳の合理性を生物学的視点から考察します。人間の実践理性は、人間という生物学的種に固有の性質に基づいていると主張し、他者への配慮が人間の理性的な生活様式に不可欠であると論じました。この考えは、人間の生物学的本性と道徳的義務との関連性を示唆するものです。

トロッコ問題と倫理学への影響

フットは、いわゆる「トロッコ問題」を通じて、倫理的なジレンマを鮮やかに提示しました。これは、倫理学において今日でも広く議論されている思考実験であり、彼女の倫理学への貢献を象徴するものです。

後期ウィトゲンシュタインの影響

フットの方法は、後期ウィトゲンシュタインの影響を受けています。ただし、ウィトゲンシュタインの議論をそのまま踏襲するのではなく、独自の視点から倫理学の問題に取り組みました。彼女の研究は、分析哲学の枠組みの中で、規範倫理学を再興しようとする重要な試みでした。

まとめ

フィリッパ・フットは、非認知主義批判、道徳の合理性に関する多角的な議論、そして「トロッコ問題」などを通して、現代倫理学に多大な貢献をしました。彼女の思想は、今日でも倫理学の様々な分野において、活発に議論され続けています。彼女の著作は、倫理学を学ぶ者にとって必読と言えるでしょう。

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