エリザベス・アンスコム

ガートルード・エリザベス・マーガレット・アンスコム：20世紀を代表する女性哲学者

ガートルード・エリザベス・マーガレット・アンスコム（1919年3月18日-2001年1月5日）は、20世紀イギリスを代表する哲学者の一人です。鋭い洞察力と倫理的な信念に基づいた彼女の著作は、現代の哲学、特に行為の哲学や倫理学に多大な影響を与え続けています。

ウィトゲンシュタインとの出会い

アイルランド生まれのアンスコムは、オックスフォード大学卒業後、ケンブリッジ大学で大学院生として研究を始めます。そこで、彼女はルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの講義に出席する機会を得ます。後にアンスコムは、ヴィトゲンシュタインから深い信頼を寄せられ、彼の代表作『哲学探究』の英訳を担当するなど、親しい協力関係を築きました。ヴィトゲンシュタインの死後には遺稿管理人として、彼の思想の継承にも貢献しています。

行為の哲学と倫理学への貢献

アンスコムの哲学における主要な貢献は、行為の哲学と倫理学の分野にあります。1957年の著作『インテンション（実践知の考察）』で展開された行為分析は、現代の行為の哲学において古典的な地位を確立しています。また、1958年の論文「現代道徳哲学」では、帰結主義を鋭く批判し、徳倫理学の発展に大きな影響を与えました。この論文において、アンスコムは、適切な心理学の構築なしには道徳哲学は成立せず、ユダヤ・キリスト教的な道徳理解が失われた現代においては「道徳的な『べし』」という概念は理解不可能であると主張しました。さらに、帰結主義者たちの見解の相違は、本質的には重要ではないとも論じています。

宗教と倫理

アンスコムは熱心なカトリック教徒であり、その信仰に基づいた倫理観を貫きました。ローマ・カトリック教会の避妊反対を擁護するなど、保守的な立場を明確に示し、リベラル派の同僚と激しい議論を交わすこともありました。中絶反対運動にも積極的に参加し、逮捕されることもありました。彼女がトルーマン大統領の広島・長崎への原子爆弾投下を批判し、オックスフォード大学によるトルーマンへの名誉学位授与に抗議したことは、彼女の倫理的な信念の強さを示すエピソードです。

ヴィトゲンシュタイン研究

アンスコムは、ヴィトゲンシュタインの初期の著作『論理哲学論考』に関する入門書『ヴィトゲンシュタイン「論考」入門』を著し、ヴィトゲンシュタイン研究にも重要な貢献をしました。彼女は、論理実証主義者たちの『論考』解釈を批判し、フレーゲの影響の重要性を強調しています。

晩年とその後

アンスコムはケンブリッジ大学の哲学教授を務めた後、1986年に引退。晩年は心臓病や自動車事故による怪我に苦しみながらも、家族に囲まれて過ごしました。2001年1月5日、81歳で亡くなりました。彼女の遺族は、アンスコムの希望に従い、彼女を現在のアセンション・パリッシュ・ビュリアル・グラウンドに埋葬しました。この墓地は、かつてルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが埋葬された区画のすぐ近くにあります。

アンスコムの哲学的影響

アンスコムの哲学は、分析哲学、倫理学、宗教哲学など、多岐にわたる分野に影響を与えています。彼女の著作は、今日でも世界中の哲学者たちによって研究されており、現代哲学における重要な柱の一つとなっています。彼女の知性と強い信念、そしてその信念に基づいて行動した人生は、後世の人々に深い感銘を与え続けています。

主要著作

『インテンション（実践知の考察）』(Intention, 1957)
『ヴィトゲンシュタイン「論考」入門』(An Introduction to Wittgenstein's Tractatus, 1959)
『現代道徳哲学』(Modern Moral Philosophy, 1958)
『因果関係と決定』(Causality and Determination, 1971)
『時代、始まり、原因』(Times, Beginnings and Causes, 1975)
『収集哲学論文』(The Collected Philosophical Papers of G. E. M. Anscombe, 1981)など

アンスコムの著作は、現代哲学を理解する上で欠かせないものです。彼女の鋭い分析力と倫理的な信念は、現代社会の様々な問題を考える上で、今もなお重要な示唆を与えてくれていると言えるでしょう。

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