フィリップ・キノー

フィリップ・キノー：17世紀フランス演劇の巨匠

フィリップ・キノー (1635年 - 1688年) は、17世紀フランスを代表する劇作家であり、フランス・オペラの隆盛に大きく貢献した人物です。パン職人の息子としてパリに生まれた彼は、若くして劇作家トリスタン・レルミートに師事し、才能を開花させました。

劇作家としての出発と成功

キノーの初期の活動は、主に喜劇や悲喜劇の創作に費やされました。20歳の時に発表したデビュー作『恋敵の娘たち』は大きな成功を収め、その後も精力的に作品を発表し続けました。しかし、既存作品からの翻案が多い彼の創作手法は、ボワロベールやスカロンといった同業者からの批判を招くことになります。それでも、1658年の『いつわりのアルシビャッド』など、成功作を連発し、1660年には裕福な未亡人と結婚、宮廷に職を得るなど順風満帆な日々を送りました。1665年には悲劇『アストラート』を発表、これは当時のフランス演劇における一大センセーションを巻き起こしましたが、一方で古典主義の劇作家ニコラ・ボアロー＝デプレオーから酷評も受けています。この作品は小説の影響を強く受けており、古典劇の形式からは逸脱したものであったためです。

王室との関わりとオペラへの転身

1670年にはアカデミー・フランセーズ会員に選出され、1671年にはモリエールやコルネイユらと協力して舞踊劇『プシシェ』を制作するなど、フランス演劇界の中枢で活躍しました。転機となるのは1672年、キノーはリュリの招きでフランス王立音楽アカデミーのオペラ台本作家となり、フランス・オペラの創始者の一人として歴史に名を刻むことになります。

リュリとの協働によって生まれたオペラは、次々と成功を収めました。『カドミスとエルミオーヌ』(1673年)、『アルセスト』(1674年)、『テゼ』(1675年)、『イジス』(1677年)など、彼の作品はルイ14世の庇護のもと上演され、絶大な人気を博しました。しかし、オペラの主題は常にルイ14世によって決定されており、キノーは国王の意向を反映した作品を制作していた点が興味深いところです。

晩年と引退

1677年の『イジス』はルイ14世の愛妾モンテスパン侯爵夫人を怒らせ、キノーはその後3年間オペラの制作を中断することになりました。これは、ルイ14世の寵愛がモンテスパン侯爵夫人からマントノン侯爵夫人に移り始めた時期と重なります。1680年の『プロセルピーヌ』でオペラ制作に復帰したキノーは、1686年の『アルミード』をもって引退しました。晩年は信仰心の深まりから創作活動を停止し、2年後の1688年にパリで亡くなりました。

キノーの創作活動の特徴

キノーはコルネイユの時代から活躍を始め、ラシーヌの全盛期も経験しました。古典主義期の劇作家として成功を収められたのは、抒情詩的な才能に加え、17世紀前半から中ごろにかけて流行した甘美なプレシオジテ(貴族的教養)を作品に反映させていたことが大きく影響しています。彼の作品は、ギリシア神話やローマ神話などを題材としており、その洗練された表現と奥深い物語は、現代においても高い評価を得ています。キノーは、フランス演劇史における重要な人物であり、彼の功績は今もなお語り継がれています。

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