フィリップ・レーナルト

フィリップ・レーナルト:ノーベル賞物理学者と反ユダヤ主義者の二面性



フィリップ・エドゥアルト・アントン・フォン・レーナルト(1862年6月7日-1947年5月20日)は、オーストリア=ハンガリー帝国(現在のスロバキア)に生まれたドイツ物理学者です。1905年、陰極線に関する研究でノーベル物理学賞を受賞しました。しかし、彼の名は科学的貢献だけでなく、熱心な反ユダヤ主義者であったという事実とも深く結びついています。本稿では、レーナルトの輝かしい科学的業績と、その影の部分である反ユダヤ主義的活動の両面を詳細に見ていきます。

科学者としてのレーナルト



レーナルトは、ハンガリードイツ系ワイン商の家庭に生まれました。ハンガリー語を母語としつつ、ドイツ語圏で教育を受け、ウィーンブダペスト物理学と化学を学びました。その後、ブンゼンやヘルムホルツといった著名な科学者の指導の下、ハイデルベルク大学で博士号を取得します。

初期の研究は、燐光やルミネセンス、炎の伝導率などを対象としていましたが、彼の名を不朽のものとしたのは、1888年から開始した陰極線の研究です。当時、陰極線はガラス管の中でしか観測できず、直接的な研究は困難でした。レーナルトは、ガラス管に極めて薄い金属箔の窓(レーナルトの窓)を取り付けることで、陰極線を管外に取り出すことに成功しました。この革新的な手法により、陰極線の性質を詳細に研究することが可能になりました。

レーナルトは、陰極線の吸収が物質の密度に比例すること、通常の空気中では数インチしか進めないことを発見しました。これらの発見は、陰極線が電磁放射ではなく、負に帯電した粒子(のちに電子と命名される)の流れであるという結論を導く重要な証拠となりました。この研究は、ジョゼフ・ジョン・トムソンの電子発見にもつながる重要な貢献を果たしました。さらに、金属への紫外線照射による放射線(光電効果)が陰極線と同一であること、放射線のエネルギーが光の強度ではなく波長に依存することを示しました。この発見は、後にアインシュタインによる光電効果の説明の基礎となりました。

レーナルトは、大気電気学にも貢献しています。彼は、水滴が落下中に帯電する現象(レーナルト効果)を物理的に説明しました。また、独自に開発した風洞を用いて、雨滴の形状に関する研究を行い、大きな雨滴はハンバーガーのような形であることを初めて明らかにしました。

反ユダヤ主義と「ドイツ物理学



レーナルトの科学界における功績とは対照的に、彼は強烈な反ユダヤ主義者でもありました。レントゲンによるX線の発見に際して、自身のレーナルト管が用いられたにもかかわらず、その功績を認められなかったことに激怒したことが、その思想の出発点となったと指摘されています。彼は、イギリスの物理学を軽蔑し、ドイツの国家主義を熱烈に支持しました。

ナチス政権下では、科学顧問として「ドイツ物理学」を推進、アインシュタインの相対性理論をはじめとする「ユダヤ物理学」を批判し、排斥しました。彼の著作『科学の偉人たち 科学発展の歴史』は、アインシュタインやキュリー夫人といった科学者を意図的に除外しており、彼の反ユダヤ主義的偏見を如実に示しています。

レーナルトの生涯は、科学的業績と反ユダヤ主義という対照的な側面が複雑に絡み合ったものでした。彼の科学的貢献は間違いなく高く評価されるべきですが、同時に、彼の行動が科学界に与えた負の影響も無視することはできません。彼の業績を評価する際には、その二面性を正しく理解する必要があるでしょう。

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